連載企画 Human 梶原康司選手(パナソニック)挑戦

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第2回 涙にくれたシーズン2013年07月27日

 「野球を続けられる環境は社会人の世界ならばある」 

 想像もし得なかった、社会人野球の名門・松下電器(現パナソニック)からのオファー。
 1999年シーズンより社会人チームのプロ経験者受け入れが1チーム2名以内を条件に解禁され、吉田浩(阪神→新日鐵住金鹿島)丸尾英司(オリックス→松下電器)などの元プロ選手がアマチュア復帰を果たしていた。
 しかし、梶原の希望はあくまでもプロ現役続行。社会人入りの打診を受けても、心が揺れ動くことはなかったという。

「『一ヶ月後に迫った合同トライアウトを受けて、プロのユニホームをもう一回着るんだ!』という気持ちしかなかったんです。だから球団には『有難い話ですが、トライアウトを受けます』と返事しました」

 現役続行への強い思いとは裏腹に、合同トライアウトの受験に対しては大きな不安要素があった。その年の夏場に負った右手有鉤骨骨折はまだ完全に治りきってはいなかった。

「ウェスタンの最終戦には出場したものの、100パーセント治ったというわけではなく、まだ、バットもガンガン振り込めないような状態だった。『納得のいく体の状態でトライアウトを受けることは無理なんじゃないだろうか』という不安がありました」

南本(ジェイプロジェクト)

パナソニック 梶原康司選手

 約一か月間、梶原は悩みに悩んだ。周囲では「社会人にいくべき!」という声が多数を占めていた。梶原は大学時代の恩師である太田紘一(元九州東海大学野球部監督)に電話をかけ、進むべき道を相談した。

「『この条件で悩む? お前はいったいなにを考えてるんだ!?』と怒られるような口調で言われました。『会社員という安定した立場で野球を続けられるなんて、こんな幸せな話はないぞ! 将来は結婚もして家族にご飯を食べさせていくことを考えても最高の条件じゃないか。絶対に社会人で野球をするべきだ!』と」

 梶原は、恩師のその言葉で社会人入りを決意する。しかし、心の奥底には大きな野望があった。

「『まだ26歳。社会人で野球を続けて、もう一回プロから声がかかる選手になれるように頑張ろう!』と思ったんです。まぁ、周りの人は『もうプロ復帰は無理でしょ…』と感じてる人がほとんどだったとは思いますけどね。合同トライアウトの直前にタイガースに返事しました。『松下さんにお世話になります』と」

 01、02年に阪神タイガースで共にプレーした住友金属の吉田浩にも社会人入りを電話で報告した。

「阪神時代にものすごくお世話になった先輩なんです。『そうか! 大企業に入社して、野球が続けられるんだから、いいじゃないか!』と言われました。でも自分の中では、いずれプロに戻るつもりでいたから、大企業だからお世話になろう、といった感覚はまったくなかった。はっきり言って、プロに未練はあった。明らかに不完全燃焼でしたから。『まだプロでやれるところを見せてやる! さぁ、やってやるぞ!』という強い気持ちで社会人の世界に飛び込みました」

 入社早々、名門チームの4番を任された。主軸として、期待通りの結果は出ていたが、チームは2005年度の都市対抗出場を逃してしまう。
「想定外の出来事でした。ぼくは松下電器の野球部がどのくらい強いのかはよくわからずに入社したんですけど、知名度はあるし、都市対抗にも普通に出場できるんだろうと考えていたんです。『今年は自分が入って、4番を務めているからには、都市対抗でも上位にいかなきゃ』なんて思っていたのに、出場することすら叶わなかった。責任感じましたねぇ…。悔し涙がでました」

 悔し涙を流すのは、タイガースに戦力外通告を受けた日、以来だった。泣いていたのは梶原だけではなかった。チーム全体が涙に暮れた。

「絶対に日本選手権で見返そう。チーム全体がその目標に向かって一丸となったんです」

 その秋、松下電器は日本選手権で見事優勝を成し遂げる。涙を流しながら喜びを爆発させる松下電器ナイン。

「きつい練習に耐え抜いた仲間全員で泣きましたね。嬉し涙も悔し涙も流した激動の一年だった」

 この年の9月末には古巣、阪神タイガースがリーグ優勝を果たしていた。梶原は優勝決定試合をテレビで観戦していた。「くそーっという気持ちがめらめらと湧き上がってきてね。絶対に日本選手権では結果を残してやるという意気込みで臨んだだけに、最高の結果が出て、本当に嬉しかった…」。

 梶原は一塁手部門で2005年度のベストナインも獲得。
 会社の看板と期待を背負って戦う一発勝負の世界にどんどんのめり込んでいる自分がいた。
 梶原は迷いなく決断した。「2006年もこの世界で野球をやろう!」と。

(次回に続く)

 (文・服部 健太郎)

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