連載企画 Human 梶原康司選手(パナソニック)挑戦

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第3回 プロの世界を意識した日2013年08月03日

 今から35年前となる1978年(昭和53年)、梶原康司は宮崎県で生を受けた。小2の時に同級生の友人に誘われ、町内のソフトボールチーム「黒潮スポーツ少年団」に入団。これが野球人生の出発点だった。

「宮崎はソフトボールが盛んで、小学生の間は軟式野球チームよりも、ソフトボールチームに入る子の方が断然多い。ごく自然な流れで、ソフトボールからスタートしました」

 元来は右利きだが、足の速さを生かすため、小4の時に監督の勧めで左打ちに転向。チームは強く、梶原が小5の時には全国制覇。小6の梶原がピッチャーを務めた翌年も全国準優勝を果たした。
 中学に上がると、ソフトボール時代の仲間と共に、軟式野球部に所属。ポジションは外野が主だったが、最上級生になるとマウンドにも上がった。「高校で甲子園に出場すること」を目標に掲げ、ひたすら白球を追った。

「当時、プロ野球選手になりたいなんて考えたこともなかった。自分が手の届く世界じゃないという意識があったんでしょうね。とにかく目標は甲子園出場。それ一本という感じでした」

南本(ジェイプロジェクト)

"阪神タイガース時代の梶原選手"

 夢をかなえるべく、高校は県内の強豪、延岡学園を選んだ。一年時にチームは夏の甲子園出場を果たしたが、梶原はスタンドでの応援組。2年生で外野、3年生で一塁の定位置をつかんだが、梶原自身は甲子園の土を踏めないまま、高校野球の終焉を迎えた。高校では通算11本のホームランを記録した。
 高校卒業後も野球を続けるべく、大学、社会人のセレクションを受けるも、ことごとく不合格。「うちでやらないか?」と唯一、誘いがかかったのが九州東海大学だった。「いくところがなく、『本当に上で野球ができるのか?』と不安でいっぱいだった時期に声をかけられたので、ものすごく嬉しかった」。
 大学入学時の目標は「とりあえず4年間やりぬこう」。プロの世界に対する意識はこの時点においても皆無だった。
 1年秋よりベンチ入りし、2年生で一塁のレギュラーの座をつかんだ梶原は、2年時の大学選手権予選決勝という大舞台で、勝利を手繰り寄せる、大学通算二本目のホームランを放つ。梶原が当時を振り返る。

「木製バットで飛ばす喜びをこの一発で知ってしまったんです。大事な試合で打てたということも重なり、バッティングが一気に面白くなった。『この快感をもっと味わいたい!』『もっと力強く振って、遠くに飛ばしたい!』という強い欲が初めて芽生えたんです」

 それまでも一生懸命プレーはしていたつもりだったが、基本的には持って生まれたポテンシャル任せに等しかった。「それまでは、深く考えることもなく、どこか漠然とプレーしていた。だから野球が特別楽しいと感じることはなかった」と梶原。一本のホームランを境に生まれた野球を楽しむ姿勢と向上心は、さらなる好結果を生む原動力となった。
 3年時には大学日本選抜チームに選出された。葛城育郎(立命館大→オリックスほか)、藤井秀悟(早稲田大→現横浜DeNA)、廣瀬純(法政大→広島)、阿部慎之助(中央大→巨人)ら、プロの卵たちのプレーを目の当たりにし、唸るばかりだった。

「『こういう選手たちがプロにいくんだ』と初めて実感できた気がしました。九州地区で野球をやっているだけでは、そうそう感じられない高いレベルの野球に触れ、ものすごく刺激を受けたんです。一番驚いたのは阿部。体つきはいいわ、肩は強いわ、バッティングはすごいわ…。こんなすごい同級生にそれまで出会ったことがなかった。『おれももっと頑張って、こんな選手たちと一緒に上の世界でやりたい!』というギラギラした気持ちが湧き上がってきたんです」

 プロの世界を意識するようになると、自分の課題も明確に見えてくるようになった。
「『飛距離だけじゃだめだ、ミート率をもっと上げる必要がある』『変化球に対応できないと無理だ』『一塁以外のポジションも守れるようにならないと!』といったように、『プロになるために何が足りないか』という気持ちで野球に取り組めるようになりました」
 大学4年からはファーストだけでなく、サードも守るようになった。スローイングの練習にも力を注いだ。大学で放った本塁打は終わってみれば、通算18本に達していた。

 「5位指名あたりならばドラフトにかかる可能性はある」

 そんな情報も耳に入ってきた。そして、迎えた2000年度ドラフト会議当日。梶原はテレビもない大学の研究室にこもり、吉報を待った。

(次回に続く)

 (文・服部 健太郎)

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