連載企画 Human 梶原康司選手(パナソニック)挑戦

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第7回 戦力外通告を受けた日2013年09月07日

 プロ3年目の2003年。梶原はウェスタンリーグにおいてベストテン3位となる.310をマーク。課題であった確実性は着実に成長の跡を見せていた。ファームではセカンドを守る機会が多く、起用法にも幅が生まれていた。熱心に鳴尾浜球場に足を運ぶ常連ファンの多くが「一軍で結果を出せるだけの力がついてきた。いつ一軍に呼ばれてもおかしくない」という見方をしていた。

「ぼく自身、『いつ呼ばれてもおかしくない!』と思いながら3年目のシーズンを送っていました。でもなかなかお呼びがかからなくて…」

 2003年はタイガースが独走で18年ぶりの優勝を決めたシーズン。一軍の戦力が充実していたことが梶原の一軍昇格を阻んだ部分もあっただろう。

「そういう要因も多少はあったのかもしれないけど…。まぁ、上の首脳陣から見たら、あまりぱっとしない選手に映っていたんでしょうね」

 いくら結果をファームで出しても、状況は一向に変わらない。悔しさと憤りを感じながらシーズンを送っていたことは想像に難くない。
 当時、二軍監督を務めていた木戸克彦は「調子がいいのになかなか一軍に上がれないけど、腐らずにな。今のままでずっとやっていけよ」という温かい言葉を梶原にかけ続けた。

「いつかは一軍に呼んでもらえるだろうという気持ちでいましたし、けっして腐るようなことはなかったんですけど、その言葉はすごく有り難かったですね」

 結局、2003年のシーズンを通じ、梶原が一軍に昇格することはなかった。
 「2004年こそ!」と誓ったプロ4年目だったが、夏場のけがの影響もあり、プロ入り以来最低の二軍成績に終わった。

 そしてそのオフに受けた、まさかの戦力外通告。 プロの世界を離れ今年で9年。梶原は自身のプロ野球人生に対し、どのような思いを抱いているのだろうか。

「コーチや知人からは『おまえは性格が優しすぎる。プロで生き残っていくためには、他人を蹴落とすくらいのつもりで、もっとガツガツいったほうがいい』みたいなことをよく言われたんですよね。たしかにそうなのかもしれない。プロで成功するための必須要素なのかどうかはわからないけど、やはり他人を蹴落としてまでという気持ちがないとだめなんだろうなと。でも、ぼくはどうしても他人を蹴落としてまで、という気持ちには最後までなれなかった。蹴落とすというよりも、『おまえはお前で結果出せよ。おれはおれで結果出すから。そのほうがチームは強くなるじゃん』という気持ちの方が強かったんですよね…」

 梶原選手がタイガースに在籍していた頃、平下晃司、喜田剛といった、よく似たタイプの左打ちの選手が多かった。キャラがかぶる選手が多かったことも梶原選手にとっては逆風だったと見る向きも少なくない。

「たしかに自分と同じようなタイプの左打者が多かったですね。キャラがかぶる選手は多かった。特に一個下の喜田なんか、同じ九州出身で守るポジションも同じ。球団としては左の大砲候補がとにかく欲しかったんでしょうねぇ…」

 梶原が戦力外通告を受けた際、誰よりも危機感を覚えたのは喜田だったという。

「喜田本人もぼくとタイプが似てるという自覚があったんですよ。だから僕がクビになったと知った時に『来年は自分だ!』と思ったらしくて。そこで危機感を覚えたことで、取り組み方がかなり変わったそうなんです。『その後、プロで何年もプレーできたのは、梶さんのおかげです!』なんて言ってますからね。『おまえ、おれになんかもってこいよ!』なんていってやるんですよ。アハハハ!」

 そう言って笑う柔和な表情が梶原の優しい人柄をそのまま物語っているかのようだ。
 もしもタイムマシンに乗って現役時代の自分に声をかけてあげられるとすれば、どんな言葉をかけますか? 

「うーん、なんですかねぇ…。まぁ当時のぼくも一生懸命野球やってたんですけどねぇ…。でも、一生懸命やるだけじゃだめなんだよ、っていうことかな。がむしゃらにやるのも大事だけど、自分のことを正しく理解し、技術を正しく突き詰めていく。その上で数をがむしゃらにこなしていたら、自分の現役生活もなにかが変わってたかもしれない。一生懸命やるなんて、みんなやってますから…。一生懸命やりつつ、そういったことを若い時から気づけた選手が結果を出してるし、いい選手と呼ばれているような気がします。もっと勉強して正しく頑張れよ~って当時の自分には言いたいですかね」

 しみじみとそう語る元虎戦士の言葉にただ頷くことしかできなかった。

(次回に続く)

 (文・服部 健太郎)

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