連載企画 Human 杉浦正則(日本生命)

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第8回 社会人野球の魅力は、トーナメント方式で明日なき戦いをしていくところ2014年01月04日

 それでも、ローカル色が出てくることによる都市対抗の魅力もあるのではないだろうか。杉浦もそのことは感じている。
「都市対抗というのは、市や町と交流していきながら、地域活性の起爆剤としての要素なんかも見せていきながらということがあってもいいと思います」
 都市対抗を盛り上げていくということで言えば、そうした地域とのつながりも欠かせないことであろう。ことに、最近は地域の物産展などとのつながりを示すところも出てきている。そんなことをアピールしていきながら…というのもまた、都市対抗野球ならではのものなのである。

 そもそも都市対抗は、日本の産業の発展とともに歩んできたという歴史があり、都市対抗の代表を見ていくことが今の日本の産業の状況を知る要素にもなっているくらいなのである。杉浦本人も長い社会人選手としての経験の中で実感していることである。

日本生命は、大阪代表ですけれども選手獲得などに関しては地域にこだわったところはありませんので、いい選手がいれば地域は関係なく獲得していると思います」
 日本生命の場合は、スタッフ合わせて35人という限られた人数である。その枠の中で、新陳代謝も当然行われていくものである。杉浦自身は、そうした中で10年ということを一つの目安として考えていた。
 そんな日本生命で、プロ野球入りを前提とした福留 孝介選手がPL学園から直接入社してきたことがあった。ほとんどが大学卒の選手で固められている日本生命としては非常に珍しいケースでもあった。

「自分としては、入り方については別に何とも思わなかったんですけれども、一つだけ福留に対して言ったのは、『3年後はプロが待っているとは思うのだけれども、ここで活躍しなくては何にもならないんで、3年間を腰掛けのように過ごすのだったら、止めといた方がいいんじゃないか。ちゃんと活躍して結果を残してから、改めてプロを目指した方がいいよ』というようなことは言いましたね」
 結果として、福留は予定通り3年後には希望通りの中日に指名(当時は逆指名)されてプロ入りしている。福留自身は、入社当初に杉浦からそう言われたことを覚えていたようである。
「何年か前だったかなぁ、何かのインタビューで福留が言っていましたね。『入ってすぐに杉浦さんに怒られた』と…。別に、怒ったつもりはないんですよ(笑)」

 とはいえ、仁志 敏久もそうだったが、ここ一番のプレーの強さは目を見張るものがあったという。それに、福留は年齢としても若かったけれども、そんなことは気に留めなかった。そのあたりの図太さも含めて、プロ入りしていった選手は格が違うということであろうか。日本生命の場合は、周囲の選手も大人として対応していたので、普通に受け入れられていたということも大きかったのであろう。

(文=手束 仁

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