第7回 【坂田精二郎さん】元シダックス・坂田氏が振り返る2つのベストゲームとは?2013年11月04日

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 私の日本選手権の思い出のベストゲーム第7回は坂田精二郎さんにお話を伺いしました。
坂田精二郎さんは淞南学園(現・立正大淞南)から立正大を経てシダックスに入社。現役時代は捕手として活躍し、1999年に日本選手権に初優勝を経験。その後、セガサミーに移籍し、2010年に現役を引退。2011年から立正大の監督に就任しました。坂田氏からベストゲームを語っていただきました。

1999年10月17日大阪ドーム
第26回 日本選手権 決勝 
松下電器  000 002 000 =2
シダックス   203 000 10×=6

2004年11月27日大阪ドーム
第26回 日本選手権 準決勝 
大阪ガス  000 100 002 =3
シダックス   000 010 001=2

坂田精二郎氏(元シダックス)のベストゲーム

 私にとってのベストゲームは2つあります。まず最初は1999年の日本選手権決勝。相手は松下電器。先発投手はオリックスに進んだ大久保勝元投手でした。当時は金属バットでしたから、本塁打をガンガン打つチームでした。シダックスはキューバの選手が当時いて、今年開催された第3回WBCのキューバ代表監督だったビクトル・メサもいました。メサは決勝戦で2ホーマーを打ったんです。私も7回裏にホームランを打ちました。捕手としては相手の松下電器さんが強敵だったので、とにかく最少失点で抑えることを頭においてリードしました。優勝することができてよかったと思います。

 次に2004年の日本選手権準決勝・大阪ガス戦。少し話しがそれますが、2002年秋から野村克也さんがシダックスの監督に就任していたんですよね。野村さんから教わったことは『根拠のないリードをするな』ということでした。どんな1球でも意味があると、常に根拠があるリードを心掛けていました。

 話を戻すと大阪ガスの先発は、現在の阪神のエース・能見 篤史投手でした。能見投手は角度ある速球が素晴らしく、私は左打者でしたが、アウトコースが遠く感じて、ボールだと思ったら、ストライクで、打ち難い投手でした。

 私が一番印象に残っているのは、9回表の配球です。なぜあんな配球をしたんだろうと今でも思い浮かぶほど悔しかった場面です。この試合、9回表まで1対1の接戦でした。9回表、ピンチを迎えて、投手の岩渕に得意球であるシンカーを投げさせたのですが、それを右打者に打たれて2点を失ってしまった。あの配球は、今でも間違えてしまったと、後悔するほど悔しい一球でしたね。

 坂田さんはシダックスが廃部後、2007年に新設されたセガサミーに移籍。その後、豊富な経験を生かし、若いセガサミー投手陣を引っ張り、1年目に都市対抗初出場に貢献。2008年には都市対抗初勝利を経験し、強豪が揃う東京地区で常に都市対抗出場が狙えるチームに導いた。

 2010年に現役引退後、2011年から母校の立正大のコーチをつとめ、2013年4月に監督に就任。再び一部昇格を果たすために今までの経験を選手たちに伝えている。そして10月、正捕手の吉田裕太が千葉ロッテマリーンズから2位指名を受けて、指導者として初のプロ野球選手を輩出した。

(語り=坂田精二郎さん)

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