連載企画 Human 筑川利希也選手(Honda)第7章 優勝の兆し

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第7回 優勝の兆し2013年05月20日

2008年秋、この年のドラフトで名前が呼ばれたのは、筑川のチームメイト長野久義だった。しかし、長野はその指名を蹴って、Hondaへの残留を決めた。

「結果的に、僕はこの年のドラフトでも名前が呼ばれずに、入社5年目を迎えるわけです。ただ、そこでチームにとって、大きな戦力の変化がありました。
まず、長野が正直、チームに残るとは思ってなかったんですよね。僕らとしては、残留を決めたと聞いて、『Hondaに残ってくれるんだ!』という驚きのほうが強かったですね。また、この年に休部になった三菱ふそう川崎からは、西郷泰之さん(関連記事:アトランタ'96 五輪メンバーたちの座談会)が移籍することが決まったんです。このメンバーを見た時、2009年は都市対抗で優勝が狙えるチームになるって直感的に思いましたね」

筑川の直感は的中する。
ミスター社会人こと西郷泰之とチームの主軸だった長野久義の2人が打線の柱となり、戦力が安定。また、筑川のピッチングからも、昨年までの力みが消えた。このシーズンは、エースととして、フル回転する。
Hondaはシーズン序盤から、負け知らずだった。5月のJABA九州大会で優勝。6月の都市対抗南関東予選ではトーナメントも1位で通過。
第80回都市対抗大会では、初戦から、優勝の兆しを筑川は感じていたという。

「初戦の鷺宮製作所戦で、初回に川戸(洋平)が本塁打を打ったんです。あの一本で、この大会優勝できるなと感じたんです。というのも、それまで鷺宮製作所には、ずっと負けていました。だから、試合前も正直、嫌だなという気持ちもあったんですよね。でも、川戸の本塁打はそれを払拭させるような一打でしたね。今、あの大会を振り返っても、あの一発が一番印象に残ってますよ」

 実は、大会前にこんな会話を筑川は、長野としていたという。
「大会の抽選会の前に長野と食事に行って、都市対抗の初戦はどこと当たるかを予想していたんです。それで長野が『僕は鷺宮製作所と当たると思います』って言っていて、僕は『さすがにそれはないでしょ』って返したら、しばらくしてマネージャーから連絡が入って『鷺宮製作所と対戦が決まりました!』って。そこで長野と大笑いした記憶がありますね」

 それほど、Hondaが苦手としていたチームに対しての鮮やかな川戸の先制弾は、ベンチを勢いづけたことはいうまでもない。
 続く、長野、西郷、田幡の連打で初回に一挙3得点。先発の筑川も7回途中まで登板し、好投をみせた。
「もう誰かに魅せるようなピッチングは必要ないと思っていました。どんな投球スタイルでも、チームが勝てればそれでいい。そう思って、このシーズンは投げていました」

 前年、恩師・安藤監督と約束をしたプロ入りを果たせなかったことで、筑川の心からは、すでにその夢はすっかりと消えていた。この都市対抗のマウンドに立って、投げている筑川の思いは、たったひとつだった。

安藤監督がいるうちに日本一になりたい。監督のために投げたい」――
 その夢を実現するために、入社5年目となった筑川は、この都市対抗の舞台で、力投をみせる。

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