第26回 パナソニック 近藤 大亮投手 【前編】「野球にかかわる」から「プロ野球選手を目指す」への道程2015年10月20日

印刷する このエントリーをはてなブックマークに追加   

【目次】
[1]「プロ野球を目指す」に変化した浪速高でのある試合
[2]人間性を高め、故障を乗り越えた大阪商業大時代
[3]壁が破られ、実績が積み上げられてくる

 140キロ後半の速球、140キロ前後のカットボール、130キロ台のフォークを武器に、今年の都市対抗では大阪ガスの補強選手としてチームを準優勝に導いた近藤 大亮(パナソニック)。
ドラフト上位候補として注目される右腕はこう抱負を語っている。

「僕の野球人生を振り返ると、いろいろな人に恵まれていたと思うんですよ。そんな方に応えたい気持ちです」
そう、彼がここまで来るにはいろいろな方の支えがあった。そこで今回は「誰かのために」力を出し続ける近藤のヒューマンストーリーを振り返っていきたい。

 前編は幼少期から浪速高、大阪商業大時代まで。
2度の転機、そして人との出会いを語ってもらった。

「プロ野球を目指す」に変化した浪速高でのある試合

第40回日本選手権のJFE西日本戦で
登板する近藤 大亮投手(パナソニック)

 江戸時代は商人の町として栄えた大阪府堺市。
1991年5月29日に生を受けた近藤 大亮はこの由緒ある街ですくすくと育った。堺市立錦綾小3年の時、父の影響で軟式野球チーム「新浅香山ニュースターズ」に入団すると、小4年から投手となり、小学5年~6年になると投手・外野手を兼任。

 そして堺市立浅香山中に進むと、黒田 博樹投手(広島東洋カープ関連記事)の父である黒田 一博氏(故人)が監督を務めていたオール住之江(ヤングリーグ・硬式)に入団する。
走り方、投球フォームなど、投手としての基礎的な部分を教わり、ヤングリーグ全国大会にも出場するなど「楽しく野球ができた」と振り返る中学時代。
しかし、この頃の近藤にプロに行くという夢はなかった。

 たとえばヤングリーグのライバルは中学のクラスメイトでもある山口 拓也(ジュニアホークス~立命館宇治高~立命館大~NTT西日本外野手)。
「山口もすごい選手でしたが、全国にはもっと上がゴロゴロいるはず。だから(プロ野球選手になるのは)無理だろうと思っていました」
すごい選手たちの存在を身近に見ていたからこそ、近藤はスポーツトレーナーと野球に携わる仕事をしたいと考えていた。

 だが、浪速高に入学し、「勝負の厳しさや、投球術、戦略面など様々なことを教えてもらった」高校野球の奥深さに触れ、探求を進めるうちに彼の心技体には知らぬ間に変化が生じ始める。
その変化が表出したのがエースとなった2年秋。大阪府大会準々決勝・大阪桐蔭戦のことである。

このページのトップへ

プロ野球ドラフト会議2015特設サイト

【次のページ】 人間性を高め、故障を乗り越えた大阪商業大時代


プロフィール

近藤 大亮(こんどう・たいすけ)
近藤 大亮(こんどう・たいすけ)
  • 所属:浪速高校-大阪商業大学-パナソニック
  • ポジション:投手
  • タイプ:右投右打
  • 身長体重:178センチ/75キロ
  • 1991年5月29日生まれ
  • 上記データは掲載時のものとなります。
【関連記事】
第27回 パナソニック 近藤 大亮投手 【後編】様々な方々から得た「恩」に応えるために 【2015年インタビュー】
第8回 【2015年 社会人編】来年の即戦力候補に挙がる投手、野手を紹介!【社会人ドラフト特集】
第9回 【山本隆之さん】第32回大会(2005年)「一社会人の投手のポジションを確立できた大会」【日本選手権 特別企画 『思い出のベストゲーム』】
第6回 第84回都市対抗野球大会 出場チーム紹介 パナソニック(門真市)【第84回都市対抗野球大会 チーム紹介】
梶原康司選手(パナソニック)
大阪商大堺 【高校別データ】
浪速 【高校別データ】

インタビュー