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第16回 日本生命 小林 誠司 選手2012年11月05日

【目次】
[1]広陵から同志社大、そして日本生命へ
[2]チームにとっての自分の役割



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チームにとっての自分の役割

▲日本生命 ルーキーバッテリー
(左・小林、右・吉原)

 大学時代からプロを目標にはしていたが、「1位指名以外なら日本生命に進む」という彼に、声はかからなかった。
 2012年日本生命に入社し、一番の違いを感じたのは「泥臭さ」だ。これまでも、一生懸命やってきていたつもりだったが、自身がスマートなプレーだったこと気づかされた。

「社会人野球は何が起こるか分からない。その中での一球に対する気持ち、球際の強さ、泥臭いプレーは、今までの自分にはなかったものでした。本当に形じゃないなと思いました。ボールを止めるにしても、ランナーがいないから大丈夫というのではなくて、少しでも隙を見せたら、社会人ではやられる。そう思ってプレーするようになりました」

 今年のドラフトは他人事のように見届けたが、中学の後輩の雄姿はしっかりと目に焼き付けた。
 その後輩とは、大阪桐蔭藤浪 晋太郎のことである。ボーイズリーグ、大阪泉北の後輩なのだ。
「僕はOB会とかで会ったりする程度ですけど、テレビのインタビューとかを見ていると人間性がしっかりしているというのは感じますし、どこに行っても間違いないなという雰囲気は感じます」と語る。

 中学時代はと言えば、実は、小林も、もともとはピッチャーだった。
 高校1年生の秋に捕手に転向したが、中学時代の自分と重ね合わせることもあるのだろうか。
広陵の中井先生にキャッチャーを勧められて、やるようになりました。藤浪とは道は違いますけど、僕はキャッチャーになって変われたと思いますし、キャッチャーになってなかったら、人生は変わっていなかったと思う。中井先生が色々教えてくださって今があると思うので、恩返しする意味でも自分が活躍することで、届けたいなと思います」

 小林が今、チームにとっての自分の役割を全うしようとしている思いが、彼の言葉の端々から伝わってきた。

「高い目標は持ち続けていたいですし、いつか野村たちと同じ舞台にという想いはあります。でも、野村とは違った道に進みながらも、吸収できることはあると思うんです。この道を選んだから、周りから『すごくなったな』と言われるように成長していきたいと思います。チームに所属している以上は『チームの勝利』を考えてプレーしていきたい。勝利を左右するバッテリーというポジションについているので、どう勝利に導けるか、そのことだけを僕は考えていきたい」

 次なる目標へ向け、足元をしっかり見つめる小林の姿が、そこにはあった。

(文・氏原 英明

 

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プロフィール

金城長靖
小林 誠司
  • 1989年6月7日生まれ
  • 捕手
  • 広陵高校-同志社大学-日本生命
  • 高校時代は夏の甲子園準優勝を経験。大学進学後は、1年春のリーグ開幕戦で先発マスクを任される。大学3年から4季連続で優勝に貢献。2012年に日本生命に入社。
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