石田雄太の斜説

印刷する このエントリーをはてなブックマークに追加   

第6回 松坂大輔の現在地2013年11月05日

 今も忘れられない光景がある(2011年6月9日、ロサンゼルス)。
 もう、2年半も前のことだ。
 右ヒジの手術を翌日に控えていた松坂は、落ち着かない気持ちを少しでも紛らわそうと、買い物に出掛けた。
 青い空が広がる昼下がり、カリフォルニアの陽射しはまばゆいばかりだった。落ち込む気持ちを救ってくれるかと思いきや、あまりにもノー天気に明るいと、かえって腹立たしくもなってくる。とくにお目当ての店があるわけでもなし、海沿いのショッピングモールをぶらついていたら、松坂はあるものを見つけた。

 卓球台である。
 なぜか、周りをショップに囲まれた屋外のスペースに、ドンと置かれた卓球台は、買い物客の誰もが遊べるように、ラケットとボールが用意されていた。すかさず松坂はラケットを手に取り、「よし、やるか」とピンポン球を左手に持って、サーブを打つ構えをした。
 嬉しそうだった。遊びの卓球でも、生来の負けず嫌いが顔を覗かせる。見ているこっちがヒヤヒヤするほど、松坂はラケットを持った右腕を思い切り、振り抜いていた。
「卓球の動きなら、何でもないな」
 子どもの頃から、何万回も振り抜かれてきた松坂の右腕。傷跡のない、綺麗な右腕で最後に握っていたのが、卓球のラケットか。
 あまりにも切なかった。
 だからこそ、今でも目に焼きついて離れないのだろう。

 松坂が右ヒジの靱帯損傷による再建手術を受けたのは、その翌日のことだ。執刀した今は亡きルイス・ヨーカム医師は、メスを入れてみて、仰天したのだという。ヒジの中を覗いてみたら、損傷どころか、そこに「靱帯はなかった」のだ。松坂の靱帯は完全に切れていた。ゴムのように縮んで、なくなってしまっていたのである。そんな状態になるまで松坂は投げて、しかもメジャーで勝っていたのだ。
 今の松坂の右ヒジにも、当然のことながら傷跡は残っている。

 彼はこれからも、その傷跡と向き合いながら戦っていかなければならない。
 松坂 大輔は、まだ33歳だ(上原は38歳)。

 今の彼には、メジャーこそが相応しい舞台だと思う(まだ日本じゃない)。

このページのトップへ


【関連記事】
第10回 杉浦大介氏が選ぶ!MLB序盤戦のサイ・ヤング賞、新人王に挙がる選手は誰だ?!【MLBコラム】
第9回 杉浦大介氏が選ぶ!MLB序盤戦のMVPプレーヤーは誰だ?!【MLBコラム】
第120回 高橋由伸選手が現役引退し、巨人の監督に就任!【Weekly TOP5】
第1回 一番高卒プロを輩出している学校はどこだ?【知って得するドラフト豆知識!】
第83回 MLB キューバ選手との契約を自由化へ【Weekly TOP5】
松坂 大輔(横浜) 【選手名鑑】

コラム