第9回 プロ野球は百年構想をどう描くのか?2014年02月04日
もはや、巨人が一人勝ちの時代は終焉を迎えた。
追い打ちをかけたのは、松井移籍の翌年に起こった、いわゆる”球界再編”騒動だった。

巨人の本拠地・東京ドーム
2004年、バブル期の事業拡大の失敗から多額の有利子負債を抱えた近鉄本社が球団経営から手を引くことを目論み、バファローズをオリックスに吸収合併させるという暴挙に出た。3000万人の見る中で打った巨人の3割と、その10分の1にも満たないファンが見る中で打った近鉄の3割は同じ価値だというのが、プロ野球界の譲れないロジックだからと、入場料も放映権料も潤沢な巨人が松井 秀喜に払ってきた年俸と同じ額を、観客動員数も放映試合数も少ない近鉄が中村 紀洋に払おうとしてきたのだから、経営が成り立つはずもない。
この近鉄、オリックスの合併から、さらなる球団数の削減を含めた1リーグ構想へと騒動は広がったのだが、これは讀賣の”ナベツネ”さんと西武の”ツツミ”さんという昭和の化け物が仕掛けようとした、最初で最後の”プロ野球延命策”だった。
しかし、「たかが選手」という”ナベツネ”の失言から、自体は思わぬ方向へ転がっていく。選手会によるストライキが決行され、古田 敦也選手会長が泣いたことで、世論は選手会の味方についた。8球団がいいのか、10球団がいいのか、はたまた12球団のままがベターなのか。あるいはさらなるエクスパンションによって16球団に増やすのがいいのか。感情論に流されたせいでそうした議論の場は失われ、プロ野球界は”近鉄バファローズ”を失い、”東北楽天ゴールデンイーグルス”を得ただけで、変革のチャンスを失った。
同時に、”ナベツネ”もプロ野球をナントカしようという前向きな情熱を失った。やろうとしていたことが是か非かはともかく、類い希な実行力と決断力を備えた讀賣のドンは、このとき、プロ野球を見捨てたような気がしてならない。
そこで目を覚ましたのは、パ・リーグの球団だった。 メジャー移籍を希望する選手が後を絶たず、2006年から始まったWBCに日本が勝ったことでグローバルな野球が盛り上がる一方、国内の球団、とりわけパ・リーグのいくつかの球団は足元を固めようと地域密着へ真摯に取り組んだ。日本ハムが札幌へ本拠地を移し、福岡のダイエー(ソフトバンク)、仙台に本拠地を構えた楽天の3球団が、北海道、東北、九州をカバーした(かつては巨人ファンが圧倒的に多かった地域である)。
ロッテも、マーケットは小さいながらも千葉で足元を固めた。西武も球団名に埼玉を加え、地域密着を積極的にアピールした。球界再編問題のあと、この5球団はすべて優勝を経験し、地元を盛り上げた(神戸に未練があるせいか、大阪に密着しきれないオリックスが悲しい)。