第10回 台湾で注目の日本人投手コーチ『養父鐵』(中信兄弟) 【台湾野球シリーズ】2015年05月15日

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台湾野球の歴史を知る【台湾野球シリーズ】

【目次】
[1]コーチ就任後のチームの変化
[2]台湾野球への思い
[3]中信兄弟 養父鐵コーチ 経歴

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 現在、東アジアにおいて、日本と韓国に並んで野球が盛んな国・台湾。
これまでに世界で活躍してきたプレーヤーも多い。日本のプロ野球界でも、かつて中日ドラゴンズで活躍した郭源治、西武ライオンズでプレーし、その後、福岡ソフトバンクホークスの投手コーチにも就任した郭泰源。さらには、MLBでも、王建民(ブルージェイズ)、チェン・ウェイン(オリオールズ)の名前が挙がる。今回は、日産自動車でプレーしたのち、01年に台湾プロ野球界の誘いを受けて兄弟エレファンツに入団した養父鐵氏にインタビュー!

 養父鐵は2001年、兄弟エレファンツに入団すると、初戦からいきなり1試合16奪三振のCPBL記録を叩きだしチームのエース投手へと瞬く間に君臨。後期リーグ優勝に貢献した。この年、リーグ戦を11勝10敗、防御率2.21の数字で終え、台湾シリーズへと突入。台湾シリーズでは、4試合出場、初戦を勝ち星で飾ると、第5戦では延長10回を完投。第6戦からは抑え登板、そして王座をかけた第7戦では最後を締めくくり台湾一に輝いた。

 この時のシーンは、今でもたびたびスポーツ番組で再放送されるほどの名シーンであり、台湾の野球ファンからも過去最高の助っ人だと称賛の声がやまないほどである。去る3月25日には中信兄弟によるレジェンドメンバーが勢揃いするイベント、「Bravo Legend」にも選出された。
今回は、コーチとして台湾に帰ってきた養父鐵コーチよりお話を伺いました。

コーチ就任後のチームの変化

試合中の様子。林威助選手(右)と養父鐵コーチ(左)

――春キャンプ開始時は「臨時コーチ」として就任し、キャンプ終了時に「正式コーチ」となりましたが、そこに指導方法の違いはありましたか?

養父 臨時コーチをやっていた3ヶ月間は、選手個々のレベルアップを目的とした指導をしてきましたが、正式コーチになってからは、選手が年間を通したモチベーションの維持ができるように特に心がけています。僕はコーチとして一年目であり、プレーしているのは自分ではないので、選手それぞれの良いところを尊重しつつ、いかに気持ちの波をつくらず安定させてあげられるか試行錯誤の日々が続いてます。

 そんな中でも、今は昨年からコーチをしていて選手の特長を良く知っている黄欽智投手コーチがダッグアウトで采配をし、メカニックに詳しい僕はブルペンでフォームをチェックしており、上手く分担できていると思います。また、今回はコーチとしてチャンスをいただき台湾に来ることができたので、このチャンスに感謝すると共に、選手達のために少しでも何かを残せるよう指導をしていきたいです。

――養父コーチが現役で活躍した2001年と、コーチとして帰ってきた2015年では、投打にどのような変化がありましたか?

養父 バッティングは明らかに能力が向上しましたが、守備はまだまだ向上できると思います。また、ピッチャー陣は、基礎、基本ができている選手とそうでない選手の差が激しい。基礎、基本ができていない選手には、日々のランニングから始まりクイック、フィールディングなど、そういう地道な練習が大切だと伝えたいです。あと、グラウンドの状態が良いとは言えないので、フィールディングをきっちりとこなせるかどうかがとても重要になってきます。

――では、トレーニング方法の変化はありますか?

養父 僕が初めて台湾に来た2001年は、ランニングの量が多く、ウエイトの量は少なかったです。というのも、台湾の夏場はとても熱く、雨も多い。気温の変化が大きく高温多湿で、基礎体力が非常に大切だからなんです。今年見てみたところ、ランニングの量が少なくなっていて、その分ウエイトが多くなったので、ちょっとした変化でケガをしやすく、また柔軟性が弱い。日本と比べて基礎力が不足しているので、そこを改善していきたいです。

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