第1回 山田 正雄 北海道日本ハムファイターズGMに聞く!Vol.12014年10月22日

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【目次】
[1]なぜスカウトになったのか?
[2]日ハムのドラフトが大きくかわった20004年
[3]試合を見ることが好きな人間をスカウトに選ぶ
[4]欲しい選手、一番いいと思った選手を獲りにいく

 2004年以降の過去10年間、パ・リーグでリーグ優勝4回、日本一1回、Aクラス7回と屈指の安定感を誇っているのが北海道日本ハムだ。
本拠地を東京ドームから札幌に移転した04年、それまでの3年連続Bクラスから3位に浮上。
ドラフトでは東北高校のダルビッシュ 有を1位で指名。翌05年以降も、
・陽 岱鋼 (過去のインタビュー記事:2013年04月18日2014年01月28日2014年01月31日
吉川 光夫
中田 翔 (過去のインタビュー記事:2009年01月01日2014年07月18日
という逸材を高校生ドラフトで1位指名し、のちの主力選手に育て上げている。
球界再編騒とともに、北海道日本ハムのターニングポイントとしても2004年という年は強く印象づけられる。

 ドラフト制度が分離ドラフトから統一ドラフトに改められた08年、山田氏はGM(ゼネラルマネージャー)に就任。
そこから北海道日本ハムのドラフト戦略はさらに過激になり、10年ドラフトでは人気ナンバーワンの斎藤 佑樹(早稲田大・投手)を指名・獲得し、11年、12年には獲得が困難と予想された菅野 智之(東海大・投手)(過去のインタビュー記事:2014年02月26日大谷 翔平花巻東高・投手&打者)を1位で指名し、世間をアッと言わせる。

 ドラフトでチームの骨格を作ると公言する北海道日本ハムのドラフト戦略とは何なのか。高校生に対する思い、大学・社会人という即戦力候補に対する思いを山田 正雄GMに聞いた。

なぜスカウトになったのか?

――私は北海道日本ハムのドラフトが一番模範的だと思っているんです。ドラフトでチームを作る気概というんでしょうか、そういうのがはっきりと伝わってきます。

山田 正雄(以下「山田」) 球団でもスカウティングと育成ということを明確に打ち出していて、それが会社の方針になっているものですから、ドラフトが僕らにとって一番大切だと思っています。

――やりがいがありますね。

山田 そうです。僕らにとっては一番のやりがいですよね。

――山田GMの経歴はロッテオリオンズ一筋で、73年に引退されてから86年に北海道日本ハムのスカウトになりましたね。その間は何をされていたんですか。

山田 サラリーマンを10年やっていました。それはもう本当に自分にとってはいい経験で、非常にプラスになっています。高校からプロに入って野球界しか知らなかったものですから、サラリーマン生活はきつかったですね。

――プロ野球の価値観が通用しないという?

山田 10年以上いたものですから、やっぱり多少染まっていたんでしょう。垢を落とすのに5年ぐらいかかりました。初めは戸惑いました。

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プロフィール

土肥 義弘
山田 正雄(やまだ まさお)
  • 東京都出身
  • 明治高校卒業後、大毎・東京・ロッテに在籍、73年に引退。サラリーマン生活を経たのち、86年に日本ハムスカウトとしてプロ野球の世界に復帰。08年にGM(ゼネラルマネージャー)に就任。

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