第1回 山田 正雄 北海道日本ハムファイターズGMに聞く!Vol.12014年10月22日

印刷する このエントリーをはてなブックマークに追加   

【目次】
[1]なぜスカウトになったのか?
[2]日ハムのドラフトが大きくかわった20004年
[3]試合を見ることが好きな人間をスカウトに選ぶ
[4]欲しい選手、一番いいと思った選手を獲りにいく

欲しい選手、一番いいと思った選手を獲りにいく

――有名な大学生や社会人はまず巨人やダイエー(当時)を逆指名していましたからね。

山田 あの頃は僕らも冗談で巨人のスカウト部長やなんかに「今年は誰を1位で獲るんだ」と。別に探っているんじゃなくて「うちはそれ外すから」という意味で聞くんです。

――その年の1番いい(素質のある)選手に向かうというのも北海道日本ハムの特徴ですね。ダルビッシュを単独1位で入札して、抽選で外していますが田中 将大(独占インタビュー:2013年03月02日にも向かっていって、大場 翔太、菊池 雄星(独占インタビュー:2010年07月28日 2011年08月12日/2014年07月03日菅野 智之大谷 翔平松井 裕樹も1位指名しています。本当に一番いい選手を獲りにいっている。

山田 そうですね。それは球団にも言っているんですけれど、それはその通りやっていると思います。菅野はああいうこと(入団拒否)になりましたけど。うちとしては一番いいと思ったから、たまたまああいうことになりましたけど、そこはもう強行していこうかと。

――私は1999年以来、スカイ・A (sports+)というCS放送局が中継するドラフトの解説をしているんですが、菅野の当りクジを津田 敏一(北海道日本ハム球団)社長が引いたときのことが忘れられません。会場に招待した1000人の観客が「ワーッ」と沸きましたから。これはファンの渇望感というか、巨人のルール破りが嫌だというのがあったんでしょうね。

山田 ファンの人たちにはそういう気持ちがあったんでしょうね。僕らは巨人に対してどうという気持ちはまったくなくて、ただ欲しい選手、一番いいと思った選手にいくということなんです。

――その翌年に今度はメジャー志向を強く打ち出し、獲得が難しいと言われていた大谷に向かいました。

山田 あれは首を懸けてやりました。いくら一番いいのに行くと言ったって、大谷はああいう感じだったですからね。それはやっぱり覚悟してやらないと。

――もし大谷が首を振らなくてアメリカを選択したら、辞めるつもりだったんですか。

山田 ドラフトに関しては僕が携わっているものだから、僕は特にそうですから、そういう覚悟ではいたんですけれども。

 次回は、高校時代の大谷 翔平選手について、また捕手・大野 奨太を1位指名した際の秘話などをたっぷりと語っていただきます。

(インタビュー・小関 順二

このページのトップへ


【関連記事】
第9回 【侍ジャパン強化試合】日本vsオランダ「世界水準のクリーンナップと、やや物足りない投手陣」【侍ジャパン 世界一への道】
第8回 【侍ジャパン強化試合】日本vsメキシコ「前夜から一転、メキシコに大勝!立役者は、大谷翔平」【侍ジャパン 世界一への道】
第12回 【小関順二のドラフト指名予想】北海道日本ハムファイターズ「最もドラフト上手な日ハム 今年は高校生主体か?」【プロ12球団ドラフト分析2016】
第126回 大谷翔平が史上最速の2億円到達!【Weekly TOP5】
第122回 プレミア12開幕 日本が韓国を破る!【Weekly TOP5】
大谷 翔平(花巻東) 【選手名鑑】
ダルビッシュ 有(東北) 【選手名鑑】

プロフィール

土肥 義弘
山田 正雄(やまだ まさお)
  • 東京都出身
  • 明治高校卒業後、大毎・東京・ロッテに在籍、73年に引退。サラリーマン生活を経たのち、86年に日本ハムスカウトとしてプロ野球の世界に復帰。08年にGM(ゼネラルマネージャー)に就任。

コラム