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第5回 クジ11連敗のオリックスが取るべき戦略は「野手1位」。その理由とは?2015年10月22日

【目次】
[1]悲運の歴史は2005年から始まった
[2]2010年、伝説の3連敗
[3]単独1位候補に挙がる吉田 正尚は過去の例を見れば正しい選択
ドラフトのだいご味といえば、クジである。ドラフト1位選手だけに行われる抽選。目玉選手が当たったときの気分はまさに有頂天。そんな気分を味わったファンも中にいるはず。しかしこの10年間、それを一度も味わっていない球団が1球団だけある。それがオリックス・バファローズだ。
挑戦すること11回、すべて外れている。まさに不運の歴史を歩んできたオリックス・バファローズの過去10年のドラフト史を振り返っていくと、オリックスが取るべき戦略が見えてきた。それは「野手1位」である。なぜ野手を1位指名する必要があるのか。これまでの「負」の歴史を振り返りつつ説明していきたい。
悲運の歴史は2005年から始まった

T-岡田選手(オリックス・バファローズ)
■2005年
<高校生ドラフト>
・辻内 崇伸(大阪桐蔭) 巨人と競合
→1位 岡田 貴弘(T-岡田)(履正社)
負の歴史はここから始まった。オリックスは最速156キロ左腕・辻内 崇伸を1位指名。当時の辻内は高校生最速左腕として、その将来性を高く評価されていた。オリックスはエース候補として辻内を指名。そして抽選が行われたが、ここである事件が起こる。当時の中村 勝広GMが「当たりくじ」と勘違いをしてしまいガッツポーズを見せたのだ。しかし、実は巨人側が交渉権確定のクジを持っていた。
中村GMが勘違いしたのには理由がある。このクジは当たり、外れとも右側に赤の丸い判子で「コミッショナー事務局の印」が押されており、当たりの場合だけ左側に「交渉権確定」の文字が刻印されているという紛らわしいものだったのだ。
これが事前に説明されておらず、中村GMは勘違いをしてしまった。何とも紛らわしいクジだが、これがオリックス最初の悲劇となった。ここから11連敗が始まることは誰も予想していなかったことだろう。
だが結果的に外れて良かったともいえる。外れ1位で指名した岡田 貴弘はT-岡田と選手登録名を改め、2010年にパ・リーグ本塁打王を獲得し、現在通算105本塁打。大当たりといえるだろう。
■辻内 崇伸選手インタビュー(2009年07月01日公開)
■T-岡田選手インタビュー【前編】(2015年08月29日公開)
■T-岡田選手インタビュー【後編】(2015年08月30日公開)
■2006年
<高校生ドラフト>
・田中 将大(駒大苫小牧)横浜、楽天、日本ハムと競合
→1位 延江 大輔(瀬戸内)
高校生投手では最も人気があった田中 将大を指名。しかしまたもクジを外してしまう。田中は新人王を獲得した後、球界を代表する投手へ成長し、2013年、24勝0敗という驚異的な勝ち星で東北楽天の日本一に貢献。そしてその年のオフ、ヤンキースへ入団した。もしマー君が当たっていたら・・・オリックスはどんな歴史になっていただろうか。
■2007年
<高校生ドラフト>
・中田 翔(大阪桐蔭)阪神、ソフトバンク、日本ハムと競合
→1位 丹羽 将弥(岐阜城北)
<大学生・社会人ドラフト>
・大場 翔太(東洋大) 横浜、阪神、巨人、ソフトバンク、日本ハム と競合
・外れ1位 篠田 純平(日本大)広島、読売と競合
→小林 賢司(青学大)
高校生ドラフトでは高校生ナンバーワンスラッガー・中田 翔を取り逃し、3連敗。中田はいまや球界を代表するスラッガーへ成長を遂げた。オリック入りしていれば・・・2008年に引退した中田憧れの清原 和博とプレーする可能性があった。また大学生・社会人ドラフトでも、大学生ナンバーワン右腕・大場 翔太を逃し、外れ1位でも、篠田 純平投手を逃した。指名した小林投手は一軍登板は2試合だけに終わる。
クジ5連敗の後、2008年、2009年は単独指名を行い、2010年に再びアタックしたが・・・。

- 編集長 河嶋 宗一
- 出身地:千葉県
- ■ 現場第一主義。球児に届けたい情報とあれば日本だけでなく海外まで飛び回る。
- ■ 編集長であり、ドットコムのスカウト部長と呼ばれ、日本全国の隠れた名選手を探索。
- ■ 幅広いアンテナと鋭い観察力でダイヤの原石を見つけだす。
- ■ 編集部の理論派として、今日も球場に足を運ぶ。
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