第2回 超一流〜橋本将と河原純一が愛媛マンダリンパイレーツに与えるもの(後編)2012年05月11日
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「独立リーグからNPB復帰」その高い壁に挑む2人

3月13日の愛媛MP入団会見で決意を語る河原純一
「NPBへの道が現状では閉ざされてしまった中、愛媛球団にプレーする場を与えてもらった。その感謝の想いをいろいろなところで示してきたい」(橋本将)。
「チームと同じ気持ちを持って闘いたいと思っています。少しでも力になれるようにがんばりたい」(河原純一)。
愛媛MP所属選手としての、第一声は両名とも実に殊勝なものだった。それもそのはず。橋本は昨シーズン直後に持病の腰にメスを入れ、入団会見時点では「もちろん捕手で勝負したいが、試合出場にはまだ腰と相談しなければいけない」状態。
河原も「試合出場までは1ヶ月くらいはかかる」(星野監督)状態。昨年までは恒例行事だった2月のキャンプで思うように体を動かせなかった影響は、やはり超一流のコンディションにも大きな影響を与えていたのである。
それでも球団は2人に最大限の配慮も示した。入団会見冒頭では薬師神代表取締役から両名の契約条項に「シーズン中にNPB球団からの入団打診があった際、愛媛MPはいつでも契約解除に応じる」という一文が加えられていることも明らかに。7月31日がNPBの新入団リミット。まず2人はこの4月からの4ヶ月にNPB復帰を掛けることになる。
ただ、愛媛MP以外での同リーグにおけるNPB経験者の入団は何も珍しい話ではない。2006年5月の天野浩一(高松東高→四国学院大→広島→香川オリーブガイナーズ。現:香川オーリーブガイナーズアカデミー投手コーチ)をはじめ、数多くの例がある。
時には大物選手が四国の地に足を踏み入れることも。NPBでは千葉ロッテと阪神、MLBではニューヨーク・ヤンキース、モントリオール・エクスポス、テキサス・レンジャースを渡り歩いた伊良部秀樹(故人)が2009年8月に高知ファイティングドッグスで現役復帰した際は、約1ヶ月の在籍期間にもかかわらずリーグの枠を超えた大きな話題を日本野球界に提供した。
また、2010年・2011年に香川オリーブガイナーズ・三重スリーアローズ(解散)に所属した左腕・前川勝彦(大阪近鉄→阪神→オリックス)は抜群の制球力で初年度は年間最優秀選手を獲得。昨シーズンも1998年セ・リーグMVPの野口茂樹(丹原高→中日→巨人)が三重でプレーするなど9人がNPB復帰への可能性を探った。
ただし、現実は厳しい。過去に四国アイランドリーグplusからNPB復帰を果たしたのは福岡ダイエーを自由契約になった後、2009年の福岡レッドワーブラーズ(現在休止中)でのプレーを経て千葉ロッテ入団を果たした山田秋親投手ただ1名。ベースボール・チャレンジ・リーグ(BCリーグ)を含めても今季から東京ヤクルト復帰を果たした正田樹(日本ハム→阪神→台湾・興農ブルズ→新潟アルビレックスBC)を合わせた2名のみ。天野、伊良部、前川、野口を含めたそれ以外の選手が夢半ばで現役生活を断念し、ないしは今もなおもがき苦しんでいる。
その狭き門にあえてチャレンジしようとしているベテラン。その意気込みを2人は力強く語った。
「来年のことは考えていません。正直なところ、これまでの現役生活に悔いはないですが、手術した後の腰の状態でやることをやって、もう一花咲かせたい。もう1回一軍の大観衆の前でプレーしたいんです」(橋本将)。
「昨年、中日を自由契約になったときに『終わり』とは思えなかった。壁にぶつかって、練習でその壁を越えて打ち破ることが嬉しかった気持ちがまだある以上、何かに立ち向かっていく気持ちがある以上、チャレンジしていきたいです」(河原純一)。
「超一流」の泥にまみれた、そして「超一流」のDNAを加えた愛媛MPの2012年が始まった。
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