第37回 寺田 哲也投手(香川オリーブガイナーズ) Vol.42014年12月13日

印刷する この記事をYahoo!ブックマークに追加 このエントリーをはてなブックマークに追加   

【目次】
[1]「苦しい」中でつかんだストレートと新球の感覚
[2]フォークを覚えたきっかけ
[3]27歳でNPBに「入る」側の責任

寺田選手インタビューバックナンバー
第1回 野球を始めたルーツと高校時代について
第2回 苦難多きの大学時代と、自信を掴んだアルビレックス新潟時代
第3回 波乱万丈の野球人生で、こだわり続けた「ストレート」

 Vol.3では、新潟アルビレックスBC時代での4年間を振り返った。プロ野球選手としての基礎を掴んだ寺田は、NPB入りのラストチャンスをかけて香川オリーブガイナーズに移籍する。Vol.4では香川オリーブガイナーズのエピソードを振り返っていく。

「苦しい」中でつかんだストレートと新球の感覚

――こうして2014年・独立リーグ5年目のシーズンは香川で迎えることになりました。「その感覚」をつかむ作業も同時に始まったわけですね。

寺田 シーズン当初まではスライダーの手ごたえがつかめてきたんです。ただ、そこからは再び感覚が悪くなりました。ストレートもオープン戦の中で色々と試しても、なかなか感覚がつかめなかった。四国ILのシーズンインはBCリーグより1ヶ月早く、環境も異なっていた影響も、今考えればあったのかもしれません。

――公式戦に入っても、当初は力みが見えるシーンが何度かありました。

寺田 そうですね。シーズン当初の力みがちょっとずつ抜けていきましたけど、僕の中では力んだまま2014年が終わってしまった感覚です。その中でできることはやってきたとは思いますが。
ですから先発が主だった8月くらいまでは本当に苦しかったですね。相手がストレートを待っていることが判っているのに、どんな場面でもストレートを投げなくてはいけなかったですから。

――ただその状況であれば、ポジティブに考えれば「打者を抑えるストレート」を鍛えることもできるわけで。

寺田 それでも空振りが取れたり、打ち取れたり。もちろん、打たれもしましたが、そういう経験を積む中で「自分の感覚が戻れば大丈夫」という考えになりました。そして感覚がよくなっていく過程で、中継ぎ・抑えになったことが良い方向に働いたと思います。

――ストレートの場合「自分の感覚」とはどんなイメージなんでしょうか?

ストレートの回転を説明する香川・寺田哲也投手

寺田 本来であれば自分の指を先まで滑りながらボールが行く感覚ですが、シーズン当初はそれだと制球ができなかったので、無理矢理押し出していました。だから、球もちも長く持てず、低めへの伸びもない。実際、自分の感覚で投げられたのは今季2試合くらいです。

――それはどの試合ですか?

寺田 最初は8月25日の徳島戦。9回表に小栗 健太が代打逆転3ランを打って、急いで準備をして9回裏のマウンドに立ったとき。ストレートがすべるように出てくるから空振りも取れるし、ファウルボールも打たれても打者の方が苦しそうでした。オールストレートでも打ち取れた(12球2奪三振で3人で仕留める)ので、「ああ、自分の感覚で投げればなんとかなる」と思えたんです。

 2回目は9月5日、坊っちゃんスタジアムでの愛媛マンダリンパイレーツ(以下、愛媛)戦(0対2の8回裏から13球1安打1奪三振で無失点)。この時にはじめて「149キロ」が出ました。

このページのトップへ


【次のページ】 フォークを覚えたきっかけ


プロフィール

ザック・コルビー
寺田 哲也(てらだ・てつや 投手)
  • 生年月日:1987年4月2日(27歳)
  • 栃木県河内町(現:宇都宮市河内町)生まれ
  • 183センチ90キロ
  • 右投右打
  • 田原小学校3年時に近所の友人に誘われ、田原サンライズ(現:NTサンライズ)でプレーを始める。田原中では投手から外野手が主ポジションになり、3年時には「第19回全日本少年軟式野球大会」に出場。横浜スタジアムの土を踏み、岡山クラブ(岡山県)を破って1勝をマークした。なお、なでしこジャパン2011年ドイツ女子W杯優勝メンバーの鮫島彩(ベガルタ仙台レディース)は中学時代の同級生。

    高校は地元の作新学院へ。2年秋に背番号「11」でセンバツを経験も出場はなし。3年春にはエース格として関東大会優勝を果たすも、最後の夏は準々決勝で涙を呑む。当時のストレートの最速は137キロ。

    作新学院大では高校時代からのチームメイト・笹沼 明宏(全足利クラブ~福岡ソフトバンク育成<2012~2014>とバッテリーを組み、4年間での関甲新学生野球1部リーグ通算成績は6勝5敗。
    大学卒業後の2010年にベースボール・チャレンジリーグ・新潟アルビレックス・ベースボール・クラブに入団。1年目から6勝と頭角を現し、3年目の2012年にはレギュラーシーズン24試合登板で166回を投げ、145奪三振14勝4敗・防御率2.60。最多勝・最多奪三振に加え、ベストナイン・後期・年間最優秀選手(いずれも投手部門)と最優秀防御率を除き個人タイトル総なめ。新潟の上信地区前後期優勝・プレーオプ優勝、リーグチャンピオンシップ優勝。そして香川オリーブガイナーズを3連勝で下しての初の独立リーグ日本一へ大車輪の活躍を見せた。

    翌年もレギュラーシーズン19試合登板で133回を投げ、107奪三振15勝2敗・防御率1.35。前年に続き、最多勝・年間最優秀選手・後期最優秀選手・ベストナイン(いずれも投手部門)を受賞。加えて最優秀防御率・前期最優秀選手(投手部門)も獲得したが、チームは上信地区前後期優勝・プレーオプ優勝も、チャンピオンシップで石川ミリオンスターズの前に敗退。自らのNPB入りも果たせず、四国アイランドリーグplus・香川オリーブガイナーズへの移籍を決意する。BCリーグ4年間のレギュラーシーズン通算成績は97試合登板・41勝21敗・561回3分の1を投げ、被安打487 奪三振433 与四死球169 自責点161 防御率2.58。

    香川では開幕投手を務めるなど当初はローテーションの柱として活躍したが、前期終盤からは中継ぎ・抑えなども兼務。フォークをマスターしたことで投球の幅も広がり、球速も149キロまで伸ばした。香川では自己最多の43試合登板・6勝4敗6セーブ・148回3分の1を投げ、被安打125 奪三振145 与四死球47 自責点48 防御率2.91の成績を残し、最多奪三振のタイトルを獲得。東京ヤクルトからドラフト4巡目指名を受け、年間グラゼニ賞も受賞した。

    リリースポイントを最後まで見せない独自のフォームから最速149キロのストレート、スライダー、フォークなどを操るナイスガイ。今年11月4日には大学時代から7年間交際していた1歳下の祥子さんと入籍。公私ともに気持ちを込めてNPBの舞台へ羽ばたく。

【関連記事】
第20回 【四国IL plus 2016北米遠征】「武者」から「カブキ」へ。そして「侍」へ 「全力」のキューバ代表から吸収すべきこと【2016北米遠征レポート】
第19回 【四国IL plus 2016北米遠征】ついに目覚めた「カブキJAPAN」 「KABUKI SPIRITS!」でキューバを破れ!【2016北米遠征レポート】
第18回 【四国IL plus 2016北米遠征】粘りでつかんだ「7勝目」糧に キャンナムリーグ最終戦へ【2016北米遠征レポート】
第17回 【四国IL plus 2016北米遠征】真の「カブキJAPAN」となるために あと半歩・一歩の精度を極めよ【2016北米遠征レポート】
第16回 【四国IL plus 2016北米遠征】3試合連続サヨナラ負けで5連敗 厚い壁を「KABUKISPIRITS!」で突き破れ【2016北米遠征レポート】
第52回 香川オリーブガイナーズ ドリュー・ネイラー投手(中日ドラゴンズ入団決定) 「『信は力なり』でつかんだNPB」 【2015年インタビュー】
第45回 松本 直晃投手(香川オリーブガイナーズ)vol.3「『一年勝負』で、送り出してくれた方々に報いる」 【2015年インタビュー】
第44回 松本 直晃投手(香川オリーブガイナーズ)vol.2「野球を続けさせてくれた『2つの出来事』」 【2015年インタビュー】
第43回 松本 直晃投手(香川オリーブガイナーズ)vol.1「『夢』を与えてもらった大人たちのために、『夢』叶える」 【2015年インタビュー】
第38回 寺田 哲也投手(香川オリーブガイナーズ) Vol.5 【2014年インタビュー】
寺田 哲也(作新学院) 【選手名鑑】
作新学院 【高校別データ】

インタビュー