第40回 徳島インディゴソックス・山本 雅士投手 インタビュー  練習生時代に学んだ「プロフェッショナル」 Vol.22014年12月25日

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【目次】
[1]練習生時代に学んだ「プロフェッショナル」
[2]自主トレで深めた「ボトムアップ」で2年目、ついに選手契約
[3]制球力・スローカーブ・データetc…「ボトムアップ」で自信の投球へ

山本選手インタビューバックナンバー
第1回 僕が築き上げた「1人ボトムアップ」

制球力・スローカーブ・データetc…「ボトムアップ」で自信の投球へ

――いよいよ、選手としての四国アイランドリーグplus開幕です。

山本 意外に早く開幕2戦目(4月6日・JAバンク徳島スタジアムでの高知ファイティングドックス<以下、高知>戦)に中継ぎで登板機会を頂けたんです。ここで結果を出せて(3回3分の1無失点・1四球3奪三振)、その後もちょっとずつ結果を残せて先発に回ることができたんです。
とはいえ、先発ではうまくいかないこともありましたし、前期はレベルの高さを感じていました。

――投げるうちに「データ・経験・感覚」が入ってくると思います。これをどうやって自分の中に採り入れて、アジャストしようと思いましたか?

山本 打たれた中にもヒントはたくさんありましたし、「ここを改善したらもっと変わるかも」という感覚もありました。それをベースにピッチングを変えていきました。

――もう少し具体的に言うと?

山本 四国アイランドリーグplusの選手は積極的に打ってきます。オープン戦はそれでも思い切り投げられていたんですが、シーズンに入ると甘い球は逃してくれない。そこで投げきれなくて制球を乱すところもあったので、「コースに対する制球力」をテーマにしました。キャッチボール・ブルペンで「狙ったところに投げる」ことを心がけた結果、インコースへの制球力もついたと思います。これができたことで、さらに投球の幅も広がり、「攻める」ピッチングができるようになりました。

――「インコースにストレートを投げきれる」ことが最終的なNPB入りの決め手にもなったと思います。高校時代はそうではなかったのですか?

山本 困ったら外角。追い込んだら変化球。ダメだったらストレート。NPBに入ったら当たり前になると思います。インコースなんか全然頭になかったです(笑)

――1年目から取り組んだ「ボールの質」。今、お話頂いた「制球力」。他には?

山本 「緩急の必要性」ですね。シーズン当初はほとんどストレートとカットボールだけだったんですが、これだと球筋や球速差もほとんどないので、どちらかに合わせていけば打てますし、対応できる。

――思えば9安打8奪三振2四球で初完投初完封を果たした5月14日の高知戦(オロナミンC球場)も、球数は166球でした。

山本 はい。ここで「新しいボールが欲しいな」と考えて覚えたのが高校の時から投げようとしていたスローカーブなんです。目線を変える球筋をイメージしてキャッチボールから投げて、試合で投げる方が感覚がつかめるのでそこでもちょっとずつ投げて。同じフォームで投げることも意識するようにもなりましたし、得るものは大きかったです。

――あとは肩や股関節の可動域。これには殖栗 正登ストレングス&コンディショニングトレーナーの存在が大きかったと思いますが?

山本 その大事さを聴き、日々のメニューに取り入れたこともボールの質になっていきました。ですから、高知を完封したときは「一生懸命投げて、何とか抑えた」だったのが、試合を経験するごとに「打ち取り方」も覚えていきました。

――そこには1年目の「スコアラー」経験も。

山本 当然、登板後の投球データは全部見ました。特に打たれたバッターに対しての攻め方やコース・球種を見ることによって、相手バッターの得意コース・球種、苦手コース・球種もちょっとずつ判ってくる。それらが身体に蓄積されたのが後期以降の好成績だと思います。

――ボールの質が入り、制球力が入り、スローカーブが入り……。

山本 でも、一番変わった部分は「自信」ですね。自信がついたことで迷いなく投げることができ、経験の蓄積が自信につながった感じです。愛媛マンダリンパイレーツ(以下、愛媛)に対しても最初は打たれていたのが、チャンピオンシップでは抑えられるようになったので。

練習生から選手契約に至るまで、山本雅士投手は多くのことを吸収し、自分のモノにしていく姿勢の良さがありました。そして2年目の今年、飛躍を果たします。最終回は、今年のエピソード、そしてNPB入りへ向けての意気込みをとことん聞きます!お楽しみに!

(インタビュー・寺下 友徳

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プロフィール

山本雅士
山本雅士(やまもと・まさし 投手)
  • 生年月日:1994年11月3日(20歳)
  • 広島県広島市安芸区出身
  • 173センチ78キロ
  • 右投左打

 最速146キロの伸びがあるストレートとカットボールが最大の武器。他にフォークやスライダー、今季からマスターしたスローカーブを操る右腕。広島市立瀬野小3年生でソフトボールを始め「瀬野小ソフトボールクラブ(現:瀬野ソフトボールクラブ)」で3年間プレー。広島市立瀬野川東中に進むと軟式野球部に転じ、広島県立安芸南高校で硬式野球へ。1年夏には早くも背番号「10」で登板した。

 しかし直後に腰と肩を痛め、3年までマウンドには戻れず最後の夏は背番号「3」で一塁手兼投手。3回戦で敗退するも満足感は得られず、四国アイランドリーグplusのトライアウト受験を決断。四国開催トライアウトでは1次試験を突破。2次試験合格・ドラフト指名は叶わなかったが、徳島インディゴソックス(以下、徳島)から練習生契約打診を受け受諾。2013年は徳島の練習生として一年間を過ごし、「Winter league」などで登板した。

 今季は開幕直前に練習生を脱し背番号「37」で選手契約を勝ち取ると、前期は先発、後期は中継ぎ・抑えで大車輪の活躍。愛媛マンダリンパイレーツとのリーグチャンピオンシップ、ルートインBCリーグ・群馬ダイヤモンドペガサスとの日本独立リーグ・グランドチャンピオンシップではいずれも胴上げ投手に輝き、四国4県知事連携チームMVPを受賞した。成績は31試合登板で4勝5敗6セーブ・102回3分の2を投げ被安打92 奪三振89 与四死球39で防御率2.54(リーグ5位)。

 10月23日には中日ドラゴンズ8位指名を受け、11月11日に契約金1,500万円・年俸600万円(いずれも推定)で仮契約。背番号「51」・登録名「山本雅士」でナゴヤドームでの躍動を期す。

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