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第52回 香川オリーブガイナーズ ドリュー・ネイラー投手(中日ドラゴンズ入団決定) 「『信は力なり』でつかんだNPB」2015年07月13日
【目次】
[1]「順調だった」AAAまで。しかし2011年から襲った苦難
[2]「絶対に治る」信念と「全身トレーニング」で2年ぶりマウンドへ / 日本・香川県でNPBをつかむ生活へ
[3]北米遠征での貴重な経験 / 中日ドラゴンズで「感謝の想い」を示す
「絶対に治る」信念と「全身トレーニング」で2年ぶりマウンドへ

ドリュー・ネイラー投手(香川オリーブガイナーズ)
――とはいえ無所属でリハビリを続ける中、メンタル的に厳しい時期もあったかと思います。ドリュー・ネイラー選手を支えたものとはなんですか?
ネイラー 「MLBにもうちょっとで行けたんだから、治ったらまた行けるようになる」という信念です。野球とは全く関係ないトレーニングを一年間続けるわけですし、ポジティブに思うことはとても大変。僕の場合はひじが治って「よし」と思ったところで肩でしたから、気持ちを立て直すのは大変でした。
それでも「一生懸命トレーニングすればよくなる」と思ってやり続けて、2014年まではそれでも状態がよくなかったんですが、トレーニング方法を変えたら投げられるようになりました。
――具体的にはどこを変えたのですか?
ネイラー それまではピッチングに直接関連する場所を鍛えていたのですが、全体の筋肉バランスを整えていくことでよくなりました。
――その甲斐あって昨年末には地元・オーストラリアリーグで2年ぶりにマウンド復帰を果たします。感触はいかがでしたか?
ネイラー 自分としては春のキャンプのような感覚で投げましたが、同じような境遇で投げている選手の中でも制球力を失わずにできたことはよかったですね。
日本・香川県でNPBをつかむ生活へ
――今年は日本の独立リーグ・香川オリーブガイナーズへ入団しました。
ネイラー 2009年のWBC代表メンバーだったデニング(現:東京ヤクルトスワローズ)とかも新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ(ルートインBCリーグ)でプレーしていたし、代理人を通じて日本における独立リーグの存在は以前から知っていました。
同時期、アメリカの独立リーグからも誘いはあったのですが、自分のパフォーマンスを発揮するには一番いいと思い、日本に行くことにして、さらにNPBにより近いチームと考えた時に、四国アイランドリーグplusの方がいいと思って香川オリーブガイナーズに入団することにしたんです。
――はじめての日本、はじめての香川、はじめての「うどん」(笑)。
ネイラー (笑)。でも、日本食はオーストラリアにいた頃から好きだったんです。はまち・すし・ステーキ・鉄板焼は普通に食べていました。やはり日本語は難しいですが、香川の人たちが人がよくて助かっています。
――日本野球にも早期から慣れた印象があります。
ネイラー 4月のJABA四国大会・三菱重工名古屋戦が大きかったですね。この試合は雨が降ってマウンドも緩く、相手の打者もボールをよく見てくる中でも7回を0点に抑えて打ち取れた。「自分のピッチングさえすれば日本でも通用する」と感じました。
――結果、前期リーグではいい成績を残せました。
ネイラー 独立リーグの選手も社会人野球の選手とある程度同じように打ってくるので。そして香川オリーブガイナーズは強かったですね。3月15日に四国コカ・コーラボトリングスタジアム丸亀で行われた石川ミリオンスターズとのオープン戦でも快勝できましたし、赤松(幸輔)・中川(竜也)・松澤(祐介)・原口(翔)……みんなよく打ちますから。
――前期優勝は徳島インディゴソックスの敗戦により、チーム事務所で迎える優勝になりました。
ネイラー 実は前日にも優勝の可能性があったことを誰も教えてくれなくて……。寝ていたところに赤松に起こされたんです。2日目はさすがにバッチリ起きていましたけどね。前期、これ以外は完璧でした(笑)。
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