第16回 ラスベガス・トレインロバーズ 田久保賢植 選手 2013年05月14日

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【目次】
[1]海外の野球を目指したきっかけ
[2]日本のプレイヤーが行ったことのない地を目指して
「3」世界を目指すプレイヤーに向けたメッセージ

世界を目指すプレイヤーに向けたメッセージ

――そして、今年は再び、アメリカに渡り、ペコスリーグでプレーする田久保選手ですが、今後の目標を教えてください。

田久保 とにかくアメリカではインパクトに残る活躍を見せたい。誰も打たないところで一本打ってチャンスを作るなど。テクニカルな面んでも、一つのプレーの精度を上げることですね。ゴロを確実に捕るとか、ランナーをすすめるところで確実に犠打を決める。バットに当てる技術など、勝負所で結果を残せるように技術面を高めて行きたいと思います。
 また、今後については長くプレーすることが許されるならば、選手として野球をやり続けたいと思っています。あとは、日本の独立リーグは、どんどん外国人選手が入ってきていると思うんですよ。僕自身も海外へ行って、よくしていただいたので、日本でも同じようなことをしてあげたいなという思いはありますね。外国人のエージェントとまではいかなくても、将来的には僕の経験でも良ければ、外国人選手をサポート出来ればいいなと思います。

大和侍レッズ時代の田久保賢植選手

――田久保選手は、とても広い視野を持って野球をプレーしているのですね。

田久保 そうですね。というのも、バスケットボールなど他のスポーツは、海外の選手との人材交流が盛んだったりもするので、野球においても、日本の独立リーグをはじめ、色んな国で、色んな選手がプレーするようになったらいいなと思いますね。例えば、それが実現するために、日雇い労働も、世界で確立されてくれば、若い選手たちの可能性も広がると思うんです。
 いつか、チェコでプレーした選手が、NPBに入るニュースがあってもいいかなって。僕がこうやって、世界でプレーすることで、活躍の場は日本だけではないということ伝えていきたいですし、もっと、野球界も世界の国々との人材交流が広がったらいいなという思いを持ってプレーしています。

――今後、世界でプレーすることを目指したいと考えるプレーヤーたちに、今こんなことに挑戦しておくといいよというアドバイスはありますか?

田久保 野球以外にも、いろいろな知識を身に付けたほうがいいと思います。違うスポーツをやったりするのもありですよね。野球だけやると、頭が固まりやすいというか、引き出しが少ないんですよね。
 野球だけ一生懸命やったから、いざ引退した時に、現実的に社会が受け入れるのかといったら社会はそう簡単に受け入れるものではありませんからね。

――色んな世界を経験し、一時は社会人として営業も経験されるなど数多くのキャリアを積み重ねた田久保選手だからこそ、感じる思いですね。最後に、現役の野球選手で在り続ける中での田久保選手の夢を教えてください。

田久保 僕はまだ野球をプレーしたのは6カ国。自分としては、7カ国目でプレーしてみたいと密かに思っています。次は、それが目標でもありますね。

田久保選手、ありがとうございました。
新しい世界に挑み続ける田久保選手の背中を追う、若き日本のプレーヤーもこれから増えるはずです。今後の活躍、応援しております!

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プロフィール

田久保 賢植 (たくぼ・けんしょく)
  • 1984年3月31日 千葉県出身
  • ・大和田タイガース
    -八千代市立大和田中学校
    -千葉県立八千代西高校
    -フロリダベースボールアカデミー(アメリカ合衆国)
    -中央学院大学(中退)
  • 2004年 Carolina Indians(アメリカ合衆国)
    2005~2007年 日本ウェルネススポーツ専門学校
    2007年 ジャパン エクスプレス
    2007年 徳島インディゴソックス
    2008年 Stratford Nationals(カナダ)
    2008~2009年 YBCフェニーズ
    2011年 Coachella Velley Snowbirds(アメリカ合衆国)
    2011年 コリア・ヘチ
    2011~2012年 Redlands(オーストラリア)
    2011年 大阪ホークスドリーム
    2012年 Hroši Brno(チェコ共和国)
    2012年 大和侍レッズ
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