第17回 福井ミラクルエレファンツ 矢島陽平 選手2013年06月22日

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 昨年は関西独立リーグ・神戸サンズに在籍し、ドラフト1位指名を受けて、BCリーグ入り福井ミラクルエレファンツの矢島陽平投手。ここまで中継ぎ投手としてチーム最多の15試合に登板。BCリーグ入りして感じたこと、そして今後の目標を語ってもらいました。

【目次】
[1]さらなる高みを目指して関西独立に挑戦
[2]嬉しさよりも驚きのBCドラフト1位指名
「3」チーム最多登板、そしてリーグ最多登板を目指したい


プロ野球ドラフト会議2013特設サイト

さらなる高みを目指して関西独立に挑戦


――矢島投手が投手を始めたのはいつの時期になりますか?

矢島陽平選手(以下「矢島」) 投手をやり始めたのは小学校4年生からで、ずっと投手をやっていました。

――高校は埼玉の進修館高校に進んで、卒業後は駿河台大学に進学。大学時代は硬式野球部に在籍されていたのでしょうか?

矢島 はい。リーグ戦(駿河台大は東京新大学野球連盟二部所属)でも投げていました。一番調子が良かったのは2年の秋で、防御率0点台でしたね。良くなったのは2年春の時期に肩を壊して、トレーナーの方にリハビリで治してもらったんです。
 その後はトレーナーのジムに通っていたのですが、トレーナーが作ったメニューのトレーニングがとにかくきつくて、きつくて、地獄のようなメニューでしたね(笑)

――なるほど。そのジムにはどのくらいペースで通われていたのでしょうか?

矢島 トレーニング場が遠いので、週1回でした。でも週1回だけでもいいです。最初はついていくことができなくて、大変でした。でもトレーナーの方にフォームも見てもらいましたし、そのトレーニングのおかげで、自分の中で土台というのは出来上がりましたので、今に生きていると思います。

――神戸サンズに入ったのはきっかけを教えていただけますか?

矢島 3年秋のシーズンが終わって、このままやっていても終わってしまうと思ったので、一か八かで独立リーグにいって自分を磨いてみようと思いました。大学3年の時点で、大学の単位が取れていて、4年になって授業の空きがあったので、トライアウトに受験してプレーすることになりました。

――神戸サンズに実際してプレーしてどうでしたか?

矢島 大学は春と秋しかないですが、プロは1シーズン試合がありますので、シーズン通して投げることがいかに大変かというのがよく分かりました。また自分のレベルを知りましたね。

――1年間投げるスタミナはどうやってつけていったのでしょうか?

矢島 試合で投げるしかないですね。試合で投げて肩のスタミナを付けるしかないと思います。

――矢島投手は全64試合のうち39試合に登板しました。毎日ブルペンで投げていると思いますが、どのようにベストな状態で臨むようにいたしましたか?

矢島 逆に調整を考えていないですね。投げる日がないのはオフというぐらい。シーズン中は投げていました。毎日投げることが僕のサイクルになっていたので、調整と考えると難しいと思います。投げることがトレーニングの一環だと思っていたので、常に投げていましたね。休むことは考えなかったです。

――中継ぎではいつも何回で準備しているのですか?

矢島 BCリーグに入ってからは敗戦処理だったので、1回からずっと作っていましたね。今はだいたいセットアッパーなので、5回ぐらい作っています。とにかく投げられる準備は毎日しています。

――中継ぎとして心掛けていること。準備する上で大事にしていることはありますか?

矢島 いつ登板するか分からない状況ですので、球数を少なくして、いつでもベストな状態で投げられるような準備をしています。


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プロフィール

大久保 裕貴
矢島 陽平 (やじま ・ようへい)
  • 1990年6月16日 埼玉県出身
  • 身長178センチ 体重80キロ 右投げ右打ち
  • 進修館高校
    -駿河台大学
    -神戸サンズ(2012)-福井ミラクルエレファンツ(2013~)
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