第20回 スーシティ・エクスプローラーズ 井野口祐介 選手2013年09月12日

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【目次】
[1]「野球の果て」に身を置く男 / [2]2年目の米独立リーグの生活 / 「3」とにかく上を目指して

「野球の果て」に身を置く男


 町らしい町はメジャー球団のあるミネアポリスが最後だった。ここからカナダ国境までは大地が広がるのみである。
 一面に広がる小麦畑。これを誰が耕しているんだろうかと首をかしげたくなるくらい人家は目に入らない。家が並んでいる、と思って車窓の風景に目をやれば、組み立てたプレハブハウスを並べて売っていた。いかにもアメリカらしい風景、そうこれが本当のアメリカなのだ。広大なこの国にあって、メジャー球団があるような大都市は実は少数派である。国土のほとんどは荒涼とした砂漠であったり、延々と続く田園地帯であったりする。大陸中央の北部はカナダまで続く小麦の一大生産地となってアメリカはおろか、我々日本人を含む世界中の人々の胃袋を満たしている。

 ミネアポリスから5時間、バスはスーフォールズという小さな町に着いた。停留所はまさにバスディーポというべき小さなもので、同じ建物の中にチケットカウンターとサンドウィッチショップがあるだけで、周囲には本当に何もない。ジェファーソンラインという過疎地を結ぶ会社のバスは、ここで一旦集まり客を入れ替えた後、再び各地へと散ってゆく。私も運転手に言われるがまま、バスを乗り換えた。
 このあたりまで来ると、もう夏の日差しも暑さもなく、長そでのシャツがちょうどいいくらいである。それにもかかわらずバスは酷暑のテキサスと同じようにエアコンをガンガンかけている。これによって本当におとずれているのかどうか定かでない夏を自覚しようとしているかのように。

スーシティ・エクスプローラーズ 井野口祐介選手

 そしてその短い夏を堪能すべく、このあたりの田舎町もベースボールチームを持っている。このスーフォールズと、私が乗り換えたバスの行き先であるスーシティは、独立リーグの球団を20年来持ち続けている。この地域の人々にとって、寒さに震えながらも、ビールを傾けながらナイトゲームを観、地元チームに声援を送ることは、すなわち、夏を感じることにほかならないのだろう。こんな辺境にまでなぜプロ野球があるのか、実際身を置いてみて初めて想像することができた。こんなところにもアメリカのベースボールの奥深さが感じられる。

 この「野球の果て」とでもいうべき場所に身を置いている日本人選手がいる。井野口 祐介。2008年、大学卒業と同時に創立2年目のBCリーグに参加。不完全燃焼だった大学時代に残してきたものを探しに独立リーグの世界に飛び込んだ。1年目は富山サンダーバーズで、2年目からは地元・群馬に誕生したダイヤモンドペガサスで主力打者として活躍。4シーズンを過ごしたあと、昨年からアメリカへ渡った。
 今回は、現在アメリカ独立リーグ、アメリカン・アソシエーションのスーシティ・エクスプローラーズの井野口選手に話を聞いた。

――お久しぶりです。井野口選手が今プレーしているスーシティ・エクスプローラーズは、北米独立リーグの中でもプレーレベルが高いと言われているアメリカン・アソシエーションに属していますが、実際プレーしてみてどうですか。

井野口祐介選手(以下「井口」) 正直、すごいです。うちのリーグはだいたいメジャー傘下のマイナーでいうと、2A相当だと言われています。去年こっちでやってみて、やっぱり『映像』が違うんですよ、見てるだけでも。レベルが高い選手がいるんで。対戦相手のピッチャーもなかなか打てなかったり、バッターでもレベルの高い選手がいるんですよ。変なくらい打つやつが(笑)。日本(の独立リーグ)では見ないような選手がいっぱいるんですよ。そういう選手を見ていると自分でもレベルが引き上げられるし、勉強になるんですよね。やっぱりここでは自分は(レベル的に)下の方だと思うんですよね。だから、ここでプレーすることによって自分も引き上げられると思います。だから今年もアメリカの方がいいかなって、こっちでプレーすることにしました。

――(日本で所属していた)群馬ダイヤモンドペガサスからもオファーがあったと聞いていますが?

井野口 去年のシーズンが終わったあと、球団(社長)から今年(2013年)は戻ってこないかって話はありました。でもやっぱりアメリカで続けたかったんでお断りしたんですよ。ただ、アメリカの(独立リーグの)シーズンは5月からじゃないですか。だから4月だけプレーさせていただけるならお願いしたいっていうことになって、今シーズンは群馬ダイヤモンドペガサスからスタートしました。

――それで実際今年もアメリカに挑戦してどうですか?

井野口 そうですね。変わったっていうか、最近になって群馬時代に秦監督(現巨人コーチ)に言われていたことが、ようやく本当にわかるようになってきました。バッティングってイメージと実際のギャップが大きいじゃないですか。上から叩いているつもりでも、実際はバットが下から出ているっていうやつです。
 だから秦さんは、ちょっと極端なんですが、(バットのヘッドが耳の横を通るように、竹刀を振り下ろすようなしぐさをしながら)いつも僕たちにバットをこんな感じでバット振れって言われていたんですよ。あのときはまだ何となく、言われればそれがわかるような感じで、(ベンチ裏では)チームメイトとモノマネして(冗談の)ネタにしていたんですけどね。でも、こっちきてから、その感覚が前より強くわかるようになりました。ただ、こっちに来たから理解できるようになったのかどうか、それは分かりませんけど。

――アメリカでは、そういう打撃の技術指導は受けないんですか?

井野口 いやー、うちのチームは、監督とピッチングコーチしかいないんですよ。チームによっては打撃コーチやベンチコーチもいるんですが、うちのチームは多分お金がないんでしょう(笑)


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