マドンナベースボール

印刷する このエントリーをはてなブックマークに追加   

第1回 女子野球の魅力ってなんだろう?2013年07月01日

【目次】
[1]女子野球の魅力
[2]女子野球の歴史

女子野球の歴史

イーストアストライア 川端友紀選手

 日本に野球が伝来した当時、野球は男子だけのものではなく、女子もまた楽しむことのできるスポーツだった。戦前には今治高等女学院に女子野球チームが発足し、1919(大正8)年には他校の女子チームも参加して野球大会が開催されたという。
 さらに、終戦直後の1950年(昭和25)年には「日本女子野球連盟」が結成され、女子プロ野球リーグが発足したこともあった。戦後に沸き起こった女子プロ野球ブームは長くは続かなかったが、その後も、企業のクラブチームという形で、言わばノンプロとしてのリーグは70年代初頭まで続いた。

 この頃、軟式野球界では、各高校や大学に女子チームは存在し、それぞれの地区でリーグ戦や大会が開催されてはいたけれど、硬式野球においてはまだ女子単独チームは存在していなかった。この間、幼い頃から、「プロ野球選手になりたい」と思っていた鈴木慶子が単身渡米して、アメリカの女子プロ野球リーグに参戦したことがマスコミ上で話題になった。転機となったのは、アメリカから帰国した鈴木氏がキャプテンとなって参加した99年の「春季全米大会」だった。このとき、初めての日本チーム結成を契機として、女子野球界は少しずつ発展していくこととなった。

 初めは任意団体だった「全日本女子硬式野球チーム実行委員会」は、同年12月に国内では初となる公開セレクションを行い、男子と混ざってプレーを続けていた全国の女子球児たちに希望を与えた。以後、同委員会が中心となって02年には「日本女子野球協会」が設立され、その後NPO法人として承認されると、04年には㈶日本野球連盟への加盟が認められ、「女子野球」が「男子野球」と同じテーブルにつくこととなった。

 また、04年からは2年ごとに「国際野球連盟(IBAF)」が主催する「ワールドカップ」が開催されている。同年にカナダ・エドモントンで開催された「第1回大会」は、高校生主体の布陣で臨み、日本チームは準優勝に。06年に台湾・台北市で開催された「第2回大会」で、2大会連続準優勝という悔しい思いを経験した日本代表は、08年に日本・松山市での「第3回大会」では、強豪アメリカ、カナダを撃破して見事な優勝を飾り、堂々の世界一の栄冠を手にした。さらに、10年ベネズエラで行われた「第4回大会」でも、前述のように、昨年の「第5回大会」でも、日本チームは優勝を勝ち取っている。

 また、関東では読売ジャイアンツがサポートする形で「ヴィーナス・リーグ」と呼ばれるリーグ戦が、年々、規模を拡大しながら行われている。4月13日に開幕した今年度の同リーグには合計でおよそ600名が選手登録されている。さらに、高校での女子硬式野球部も続々と誕生し、男子と同様に春と夏には、「高校選手権大会」が開催されて、毎回熱戦が繰り広げられている。

マウイ・イカイカ 吉田えり選手

 その後は、茨城ゴールデンゴールズの片岡安祐美や「ナックル姫」のニックネームで話題となった吉田えりがマスコミにたびたび取り上げられて注目を浴びた。10年に発足した女子プロ野球界からは、川端慎吾(ヤクルト)の妹として注目されている川端友紀、華麗な守備が魅力的な厚ヶ瀬美姫、3年連続最多勝の大エース・小西美加、天才的な打撃センスを誇る三浦伊織など、次々と新スターが誕生している。

 関連記事:独立リーグドットコム インタビュー マウイ・イカイカ 吉田えり選手

 今年からは女子プロ野球が本格的に関東に進出。日本を東西南北にわけて、ノースレイア、イーストアストライア、ウエストフローラ、サウスディオーネと4チームによる激しい戦いが繰り広げられる。今年、現役マドンナジャパン戦士3名もプロ入りを果たした。ますますレベルの高い熱戦が見られるはずだ。

 女子野球の取材を始めて10年近くになる。その間、多くの名選手に出会い、たくさんの名場面、好勝負を見てきたが、今年は女子野球にとって、大きな飛躍のきっかけとなる一年になるはずだ。ぜひその魅力を、その目で感じて体感してほしい。

(文=長谷川晶一)

このページのトップへ


  • East Astraia
  • South Dione
  • NORTH REIA
  • West Flora