第8回 ウエストフローラ 矢野みなみ 選手2013年11月21日

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【目次】
[1]投手としての目覚め
[2]ソフトボール選手として活躍
[3]実業団からプロの世界へ!
[3]全国の女子野球選手の憧れになるために

ソフトボール選手として活躍

――矢野さんは、昨年の女子野球ワールドカップのセレクションを受験して、代表候補には選ばれましたが、最終的には代表メンバーから外れました。それでも、矢野さんのプレーは女子野球関係者に強烈な印象を残しました。改めて、アマチュア時代から硬式野球を始めて、プロ入りするまでの経緯を教えて下さい。

矢野 最初は小学校5年生のときにソフトボールを始めました。それ以前には兄が2人いて、2人ともボーイズリーグで野球をやっていました。そこに付き添いでついて行って遊び程度でキャッチボールをやったりはしていましたけど。

――ソフトボールを始めたのは「野球をやりたくても環境がなかったから」ですか、それとも最初から「ソフトボールがやりたい」という思いだったのですか?

矢野 自分の生まれ育った地域はソフトボールが盛んだったので、周りの子どもたちは大体ソフトボールをやっていましたね。私は地域のクラブチームに入ってリーグ戦をやっていました。

――それは何というチームだったのですか?

矢野 ベースボール青葉と言います。ソフトボールなのに、なぜ「ベースボール」なのか、理由はわかりません(笑)。ソフトボールオンリーのチームなんですけどね。小学校を卒業するまではそのチームで、中学からは兄と一緒の福岡ニュースターズっていうボーイズリーグの強豪チームに入りました。ここではセカンド、ショートを守っていました。チームは全国大会にも出場したし、ジャイアンツカップで3位になりました。

――男子と一緒にプレーすることに問題はなかったですか?

矢野 足に関しては、そろそろ男子と差がつき始めていました。でも、肩だけは何とかついていける感じでした。このチームに入る時点で、高校では同じ九州の神村学園で野球を続けるつもりだったので、「後々のために」と考えて、中学からボーイズリーグに入りました。そして、中学3年生のときに神村学園のセレクションを受けて合格しました。

――それでも、神村学園には進まずにソフトボールを再開した理由は?

矢野 知り合いを通じて、「1回だけでいいから九州女子高校のソフトボール部の見学に行ってみない?」と誘われたんです。それで行ってみたら、すごくレベルが高いことに驚きました。この当時はまだソフトボールもオリンピック競技だったじゃないですか。この高校は上野(由岐子)さんとか内藤(恵美)さんとか、すごい選手を輩出していて、ソフトボールに気持ちが傾きました。それに、ソフトボールの場合は実業団もあるし、野球よりも先があることが魅力に思いました。

――それは周りからの説得ではなく、自分の意思だったのですか?

矢野 親からの勧めもありましたが、九州女子高校の練習を見たときのレベルの高さで決めました。でも、かなり迷いましたけど、高校卒業後も長くやりたかったし、ソフトボールなら、その先にオリンピックや実業団もあるけど、野球だと高校時代にいくら頑張っても、その先がないというのがソフトボールを選ぶ決め手になりました。


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プロフィール

矢野 みなみ(やの・みなみ)

矢野 みなみ(やの・みなみ)
  • 所属:九州女子高校(ソフト)- 豊田自動織機(ソフト)- 東芝北九州(ソフト)
  • 出身地:福岡県
  • ポジション:投手・内野手
  • タイプ:右投右打
  • 身長:168センチ
  • 上記データは掲載時のものとなります。

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