̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
□■□ TAJIKEN MAIL MAGAZINE vol.002 2012年02月13日発行 □■□
_________________________________________

2009年の花巻東以前に走塁でインパクトを与えたのは駒大苫小牧(南北海道)でしょう。香田誉士史監督(当時)指導のもと、練習試合では平凡なフライでも二塁ベースまで全力疾走してスライディングするのが決まりになっているほど、走る意識がありました。当然のことながら、その走塁意識は数字に表れています。
2連覇を達成した05年、早稲田実(西東京)と決勝再試合を演じた06年、初戦敗退ながらその大会で準優勝する広陵(広島)と接戦を繰り広げた07年の3年間の数字は以下のとおりです(※計測に成功したもののみ。07年は甲子園で1試合しかないため地方予選含む)。

【05年】  計測数  最  速  最  遅  平  均  最速と最遅の差
林      6    4・04  4・88  4・38   0・84
辻      6    4・15  4・48  4・36   0・33
岡 山    3    4・15  4・49  4・27   0・34
本 間    5    4・43  4・56  4・49   0・13
五十嵐    3    4・28  4・35  4・32   0・07
青 地    2    4・49  4・65  4・57   0・16
鷲 谷    5    4・08  4・29  4・22   0・21
田 中    5    4・56  5・25  4・90   0・69
小 山    2    4・57  4・69  4・63   0・12
山 口    1                4・45       
平 均                           0・32

【06年】  計測数  最  速  最  遅  平  均  最速と最遅の差
岡 川    5    4・07  4・70  4・38   0・63
鷲 谷    5    3・96  4・17  4・07   0・21
三 谷    6    4・22  4・75  4・55   0・53
中 澤    6    4・01  4・82  4・45   0・81
三 木    2    4・36  4・52  4・44   0・16
小 林    4    4・77  5・09  4・91   0・32
田 中    3    4・62  4・71  4・68   0・09
渡 辺    2    4・28  4・55  4・42   0・27
本間篤    1                4・38
西 田    1                4・26
平 均                            0・38

【07年】  計測数  最  速  最  遅  平  均  最速と最遅の差
小 鹿    4    4・02  4・52  4・24   0・50
安孫子    4    4・79  4・96  4・90   0・17
武 田    2    4・27  4・31  4・29   0・04
幸 坂    4    4・41  4・53  4・48   0・12
高 橋    3    4・25  4・42  4・31   0・17
本 多    5    4・04  4・52  4・25   0・48
佐藤拓    1                4・33
片 山    1                4・55
後 藤    1                4・40
対 馬    1                5・07
平 均                            0・25

驚くべきことは、3年間の最速と最遅の差の平均タイムがほとんど変わっていないということです。サンプル数はやや少ないですが、07年は過去2年間よりも上の数字を記録しています。これが何を表すのか? それは、チーム全体の姿勢や選手たちの意識です。通常、全国優勝すれば気が緩みます。周りがチヤホヤし、「おめでとう、おめでとう」と言われるうちに「自分たちはすごいことをした」という思いになる。その結果、プレーにもそれが表れます(詳しくは次回取り上げます)。
ところが、駒大苫小牧に限ってはそれが当てはまらない。前年の先輩たちを上回ろうと必死になって取り組んでいる。それが数字に表れています。
また、見逃せないのが05年の青地。計測2度のうち、速い方のタイムの4・49秒は投手ゴロを打ったときのもの。もっとも走る気の起きない打球でも緩める姿勢のないことがうかがえます。さらに、05年の田中と06年の田中の数字も興味深いものがあります。05年は最速と最遅の差が0・69もあったのに対し、06年は0・09。05年には2年生ながら甲子園史上初の150㌔を計測。世代ナンバーワン投手として全国から注目を集める存在になったにもかかわらず、浮ついたところがない。それどころか、有名になったからこそ、手を抜かないという姿勢が見えます。多くの監督はこういうスター選手がいると特別扱いしてしまうものですが、香田監督はそれをしなかった。だから、田中は順調に伸びた。06年の甲子園では体調不良で決して満足いく投球ではありませんでしたが、仲間が救ってくれました。やはりそれは、田中が一生懸命やる姿を周りが見ていたからだと思います。投手だからとか、スター選手だからとかは関係ない。チームの一員としてやるべきことは徹底する。これこそが駒大苫小牧の強さの源なのです。
07年で注目したいのが安孫子。164cm、77kgの体型からもわかるように、彼は決して足の速い選手ではありません。事実、平均タイムは4・90秒と遅い。それでも、彼は自分のできる範囲の全力疾走を怠りませんでした。その証明が、最速と最遅の差0・17秒に表れています。足が速い、遅いは関係ない。チームの一員として、部員を代表して試合に出ている以上、一生懸命走る。彼のような選手がしっかりやるからこそ、周りも手を抜けない。それがこの年の好タイムにつながっているんだと思います。まぁ、いくら投手とはいえ、対馬は問題ですが……。
足が速い選手だけ走るのでは意味がありません。足が遅い選手も、スター選手も、みんながきっちりと走る。それがチームの一体感を生み、まとまりとなり、見えない力を生み出す。駒大苫小牧が甲子園で何度も奇跡的な大逆転を演じることができたのは、こういうチームの姿勢があったからです。
そして、常勝軍団であり続けられた理由もまたチーム全選手の姿勢。毎年、毎年、選手が変わるのにもかかわらず、チーム方針がぶれず、伝統となって受け継がれていったことこそが、あわや3年連続全国優勝という偉業になったんです。年度をまたいでここまで徹底できるチームが今後出てくるのかどうか……。57年ぶりの2連覇や決勝再試合という記録以外のいろんな意味で、香田監督の率いた駒大苫小牧は球史に残るチームでした。

※本記事の無断転載を禁止します。チーム内のミーティングや勉強会で使うことは歓迎しますが、ネット上などには転載しないでください。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
JKで勝つ!ここでしか読めないタジケンコラム
TAJIKEN MAIL MAGAZINE

お問い合わせ:tajiken@bb-nippon.com
運営:株式会社WoodStock
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━