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第1回 アスレチックスは、なぜ出塁率を重視したのか2014年05月07日

【目次】
[1] 『マネー・ボール』が変えた出塁率への評価
[2] 「得点を増やす」から出塁率は重要である / 出塁率は打者の能力以外に左右されにくい
[3] もうひとつの理由 〜年俸抑制〜 / データを見るときに意識すべきこと
『マネー・ボール』の出版から約10年、「野村ID野球」からだと約20年。
その間に進んだIT技術の発展を追い風に、野球とデータは年々密接になってきた。
日本はアメリカに比べ、データの収集・公開が進んでいないとよく言われる。だが、かつてを考えれば、手に入れられるデータは格段に増えている。それはプロの現場での使用はもちろん、野球ファンの野球との関わり方も変えている。
ただ、この変化は有識者のような存在のリードで進んできたわけではない。入手しやすいものや、ファンの関心を集めるものから収集・公開されてきたのが実際であり、取り扱われ方にも決まったルールはない。
何かを判断するとき、データは切れ味のよいナイフになる。だが、その切れ味からすると不安になるほどに「何を、どうやって切るべきか」についての案内は足りていない。
この連載では、浸透しつつある野球のデータや指標、新しいセオリーなどについての紹介から一歩踏み込み、背景にある考え方の紹介を目指す。読んでいただいた方が、データや指標をこれまで以上に自信を持って使ってもらえるような情報提供ができたらと思っている。
1.『マネー・ボール』が変えた出塁率への評価
.243。これは2013年に楽天イーグルスに入団したアンドリュー・ジョーンズのシーズン打率だ。一昔前であれば、確実性の低い打者だと評価されてもおかしくない数字である。少なくとも「優良外国人」と見なされることはなかっただろう。
でも、多くの野球ファンは、ジョーンズに好意的だった。楽天が優勝したというのも大きかったが、長打力、そして.391と高かった出塁率に目を向けて「優秀な打者だ」と評価する声がほとんどだった。野球選手の評価の基準が変わってきたのだなと実感する。
出塁率を評価しようという価値観が日本に広がったのは、MLBの弱小球団オークランド・アスレチックスの躍進を描いたノンフィクション小説『マネー・ボール』(マイケル・ルイス著)の存在が大きい。2012年に人気俳優ブラッド・ピット主演で映画化されたこともあり、この作品のことはご存知の方も多いだろう。
描いているのは、選手の年俸総額がMLB30球団中28位という資金力で劣るチームだった00年代初頭のアスレチックス。映画ではブラッド・ピットが演じたゼネラル・マネージャーのビリー・ビーンが、限られた資金でチームをワールド・シリーズへと導くべく奮闘する姿を追っていく。
貧乏球団が勝つためにビーンがとった手段は、ずばり「サラリーが安くてもチームの勝利に貢献できる選手」を探し出すことだった。その過程で彼が着目した代表的な指標として、選手の出塁率が紹介されるのである。
出塁率とは、安打のみならず四死球も含めた打者が自力で出塁することができた打席の率を表している。アスレチックスは、ヒットという印象の良い結果にこだわらず、四死球であっても「出塁は出塁」と割り切る価値の転換を図り成功するのだが、これが作品を象徴するエピソードの1つとして紹介された。野球を観る人ならどこかで自覚していて、納得しやすかったこともあったからか、「打率より出塁率」という考え方は、これを契機に広く浸透していった。マネー・ボールが日本で紹介されていなかったら、ジョーンズへの評価も違うものだったかもしれない。
ただ、その印象深さもあってか、「マネー・ボール=出塁率」という少々単純化された紹介も一部で見られた。こうしたケースは出塁率の話に限らず、納得しやすい結論が先行して紹介されることは、マネー・ボールで描かれた理論の根拠となっている「セイバーメトリクス」(アメリカで発達した野球を統計的見地から考える研究)の周辺ではよく起こる。
だが、納得しやすい結論の陰にはもっと面白い発想がたくさん存在する。今回は「アスレチックスが出塁率のどこに価値を置いたのか」の整理を通じて、それを知っていただこう。

- DELTA
- 合同会社DELTA
- 2011年設立。スポーツデータ分析を手がける。代表社員の岡田友輔と、協力関係を結ぶセイバーメトリクスを用いた分析を得意とするアナリストによる組織。
書籍『プロ野球を統計学と客観分析で考える セイバーメトリクス・リポート1,2,3』(水曜社刊)、電子書籍『セイバーメトリクスマガジン1,2』(DELTA刊)、メールマガジン『Delta's Weekly Report』などの媒体を通じ野球界への提言を行っている。 - 最新刊『セイバーメトリクス・リポート4』を3月27日に発売。