第3回 【プレミア12特別企画】 優勝投手・大塚 晶文氏が振り返る「第1回ワールド・ベースボール・クラシック」(後編)2015年11月17日

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【目次】
[1] サンディエゴの仲間に恩返しを
[2] 世界でたったひとつの偉業

世界でたったひとつの偉業

大塚 晶文コーチ(中日ドラゴンズ)

 8回一死から登板した大塚は簡単にふたつのアウトをとり、ベンチに戻る。盛り上がるチームメイトたちが、ハイタッチを求めてきた。いつもなら強く手をあわせるところだが、この日はあえて静かに触った。まだ、仕事が1イニング残っている。
9回表、イチローのタイムリーなどで4点が入っても、大塚は喜ぶ素振りを見せなかった。誰とも会話を交わさないまま、最後のマウンドに向かう。

 まるで、打たれる気がしない。1点をとられはしたものの、すぐに立て直すことができた。
迎えた9回裏二死、最後に投げ込んだのが宝刀スライダーだった。相手打者のバットが空を切る。日の丸戦士たちがマウンドに駆け寄り、喜びを爆発させた。

「終わった。どうしよう?」
守護神は冷静だった。ブルペンを出たときから最後のアウトをとるまで微塵も気を抜かず、集中力を持続させていた。ピンチからアクシデントまであらゆることを想定し、危機管理もできていた。だからこそ、世界一へのアウトをとっても冷静だった。

「三振をとった後、『これ、ガッツポーズしなきゃいけないんだ』って思ったんですよ(笑)。だいたいの試合なら、パーンと手を叩いて終わり。でも『あっ、ガッツポーズだ』と思って、やったんです。もうちょっと強くやらなきゃいけないと思って、2回目に強くやって。そんな感じでした(笑)」

 1度は参加を諦めたWBCだが、すぐに思い直して日本代表のユニフォームに袖を通した。日の丸を背負って初めて臨んだ国際大会は、大塚にとってかけがえのない財産になった。
「韓国に負けてから、言い方は悪いけど戦争だと思ってやっていました。それくらい、絶対勝つしかない。韓国に負けてから修正できて、全てがうまくいきましたね。どこの世界もそうじゃないですか。ちゃんと危機管理して、実行して、ダメだったらそれを分析して、改善点を次につなげていく。それが今のコーチの仕事にもつながっています」

 懐かしそうな顔で振り返る大塚が、過去から現在、そして未来に言葉をつなげる。
「自分の中で、2006年の第1回WBCはすごく自信になっています。別にその経験が重荷になっていることもなく、ひとつのことを成し遂げた自分の勲章でもあるし、そこにしがみつくわけでもない。『ああいうことができたのだから、指導者としてもメジャーリーグに行って、ピッチングコーチをやりたい』という挑戦する心を今も持っています」

 世界でたったひとりしかやっていない偉業を、自分は成し遂げることができた。だからこそ、この先も枠にとらわれず、前に進んでいける――。
現在43歳の大塚にとって、ペトコ・パークで経験したマウンドは人生の原動力となっている。

(文・中島 大輔)

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