西郷 泰之

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第1回 「諦めない野球人生」 西郷 泰之選手(Honda)2015年07月03日

これまでの西郷 泰之選手インタビューは以下から
Honda 西郷泰之選手(前編・2012年03月23日公開)
Honda 西郷泰之選手(後編・2012年03月30日公開)

【目次】
[1]史上最多タイの14本塁打を記録した都市対抗
[2]ポイントは「横一直線」
[3]“ミスター社会人”の称号

ポイントは「横一直線」

西郷選手の三菱ふそう川崎時代
(撮影=島尻譲)

 頭蓋骨骨折、脳挫傷の重傷――。数ヵ月の入院生活を強いられ、「もう野球をできないのでは」と思うほどのどん底に落ちた。
「あの時、自分が何のために野球をやっているのかと改めて考えました。子どもの頃から、純粋に楽しいものだということを忘れていたというか。何ヵ月か野球ができなくて、そのときに心の底から野球をやりたいと思って。自分はプロ野球選手になるために野球をやっていたわけじゃない、と。純粋に野球が楽しいから、今まで続けられるということだと思います」

 心境が変化したとき、人は新たな気づきを得るものだ。物事の見方を変えると、これまで見えなかったことに目が行くようになるのかもしれない。
自身の原点に立ち返った西郷に、待っていたのは再会だった。西郷が初めて日本代表に選ばれた際、打撃コーチを務めていた垣野 多鶴(現NTT東日本野球部監督)が99年シーズンオフ、三菱自動車川崎の監督に就任したのだ。

「お前を4番バッターにする。当てて流してヒットを打ったらクビにするからな」
監督就任直後、垣野に言われた指令を西郷は今も鮮明に覚えている。

「レフト前に打ったらクビになるのかって(笑)。それまでは3番バッターとかを任されていて、レフト前にポンって当ててヒットを打つことが多かったんです。でも、それをやったらクビにするって言われてから、ホームランの数が増えました。『レフトに打つなら、レフトオーバーを打て』って。何とか実践しようってやっていましたね」

 垣野はただ、精神論を説いたわけではない。西郷の打撃理論を覆すような教えを授けた。「ポイントは横一線」という考え方だ。
西郷は少年野球の頃から、「ポイントは斜め横」にあると指導されてきた。つまり、インコースは体の前、アウトコースは引きつけて打てということだ。だが、垣野の教えは異なっていた。

「垣野さんは『インコースのボールは引きつけて、アウトコースは前で打って、全部センターバックスクリーンに入れろ』って言うんです。それまでとは反対のことを言われて最初は『うん?』と思いましたが、やってみたら何となくわかるんですね。『インコースのボールを体の前で打つとボールが右に行くから、引きつけて、バットを内側から出しながら90度の角度をつけてバックスクリーンにたたき込め。アウトコースのボールはバットのヘッドが遅れて出てくるとレフトに行っちゃうから、ヘッドを前に出して打て』と。言われてみると、確かに垣野さんの言う通りでした」

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