第3回 日本の独立リーグの国際化戦略を考える2013年10月30日
【目次】
[1]国際化戦略の先導を切る、今季日本一に輝いた石川ミリオンスターズ
[2]独立リーグの未来とは?
国際化戦略の先導を切る、今季日本一に輝いた石川ミリオンスターズ
石川MSは、BCリーグの中で、国際化戦略の先導を切っている球団である。いちはやく国外の諸団体との関係構築につとめ、現在では代理人だけでなく、スカウトを初めとするMLBのスタッフにまで日本の独立リーグは認知されるようになった。リーグそのものもこの球団に引っ張られる形で国際化戦略に舵を取るようになった。
今年、BCリーグは国際交流戦を公式戦に組み入れた。ハワイとカリフォルニアに展開する独立リーグ、パシフィック・アソシエーションの2球団が7月末に来日、BCリーグ6球団と各々1試合ずつを実施するのだが、これをエキシビジョンとせず、公式戦に組み入れようというのだ。

2012年、群馬でプレーしたフレデリック・アンビ選手は秋のWBC予選フランス代表でもプレーした
アメリカではかつて独立リーグの大規模な合併があった。1990年代の後半、アメリカ大陸の中央、米加国境に展開され、当時最強とうたわれたノーザンリーグ(現在は消滅)が、アメリカ北東部に拠点を置くノースイーストリーグを合併し、16球団から成る巨大独立リーグに生まれ変わった。
当時の状況を考えるこれはある意味必然と言える。アメリカで独立リーグができて数年、そのビジネスモデルは成熟期に入ったが、ある意味では商品としては飽きられる時期に来ていた。独立リーグを含むマイナーリーグは、移動の経費の関係から、そのプレーレベル、経営規模に応じて、リーグの展開エリアが限られてき、球団数も少なくなる。しかし、このことは小規模なリーグほど対戦相手のバリエーションが少なくなることを意味し、マンネリ化に直結する。それを避けるべく、いくつかのリーグは地区制を導入して他地区への遠征を同地区球団との対戦に比べて減らすことで、他地区との試合もある程度確保、対戦カードを増やしてファンを呼び寄せようとするのだが、この時の合併も、そのような戦略上に位置づけることができるだろう。しかし、これにはやはり遠征費という大きなリスクを伴う。
例えば、1995年に発足したウェスタンリーグは、カナダからロサンゼルスに至るまでの広範囲に展開されていた。このリーグは2地区制を採用し、他地区への遠征も行った。しかし、この経費が足枷になったのか、2002年シーズン限りで消滅している。
結局、ノーザンリーグの実験も、失敗に終わった。リーグは合併したが、独立球団の財政事情では、旧リーグをまたぐような距離の長い遠征をすることは現実には叶わず、結局のところ、新生ノーザンリーグは、各々2地区制のノーザンリーグ・セントラル(旧ノーザンリーグ)とノーザンリーグ・イースト(旧ノースイーストリーグ、現CanAmリーグ)が別々にリーグ戦を行い、チャンピオンシップを争うという、合併前と比べてさほど目新しさのないフォーマットとなってしまったのだ。両リーグの蜜月関係は2002年シーズン終了後に解消された。
マイナーリーグにあってリーグの広域化は、対戦相手のバリエーションを増やすが、一方で遠征費の増大という課題を突き付けられる、いわば諸刃の件なのである。近年でも西海岸に展開されていたゴールデンリーグとテキサス周辺に本拠を置いていたユナイテッドリーグに、ノーザンリーグが加わって新リーグ、ノースアメリカンリーグが誕生した。しかし、このハワイからテキサスまで広域リーグになってしまったこのリーグも、初年度はリーグ戦のシーズン途中での打ち切り、2年目もシーズン途中で事実上の分裂と結局は成功を収めることはできなかった。