第2回 日本大学 戸根 千明選手(石見智翠館高出身) 【前編】2014年10月21日

印刷する このエントリーをはてなブックマークに追加   

【目次】
[1]大学4年間で一番学んだのは「メンタル面」
[2]自分を変えたある先輩の直言
[3]肉体改造を始めたのが、大学3年から

自分を変えたある先輩の直言

戸根 千明選手(日本大学)

――フォームが崩れてしまった理由はなんだったのでしょうか。

戸根 もともと踏み出す右足がインステップしていたんですが、腰にも負担がかかるので真っ直ぐ出すようにしたんです。
最初は手応えが良かったんですが、インステップしなくなった分、体も開くようになってしまって。それで、今度はそこを直そうと試行錯誤していくうちにどんどん崩れていってしまいました。最後は自分がどうやって投げているのかもわからないほどでした。

 練習にも身が入らなくなり、先輩の目を盗んでさぼったり、本当に馬鹿な時間の過ごし方をしてしまいました。2年生の秋くらいまではそんな感じでしたね。マウンドに上がっても制球が定まらないので、自分と戦っていました。フォアボールを出さずに無難に終われればいいやと、相手バッターと戦う以前の状態でした。

 こんなんじゃ、とてもじゃないけどプロなんて無理だと気持ちも切れかかって、いつしか「プロ」の2文字は頭に浮かばなくなっていましたね。野球は大学で終わりにして、いい会社に就職できたらいいな。そんな考えも持つようになっていました。

――そんな中、どのようにして立ち直ったのでしょうか。

戸根 2学年上の4年生にダブルエースとして活躍していた山井 佑太さんという先輩がいて、一緒の部屋だったんですが、秋のリーグ戦前のある夜、一緒にテレビを見ていたら「おまえ、なんで、そんなにやる気ないの?」と突然、言われたんです。

「そんなんだったらやめればいいじゃん。おまえみたいに高いポテンシャルがあるのに頑張らないやつ、本当に腹が立つんだよね。そんなやついらねぇよ。やめればいいじゃん」と。練習態度とかを見て黙っていられなかったんでしょうね。ムカッとしましたけど、自分でもわかっていたことなので、その言葉は胸に突き刺さりました。

 山井さんは今、新日鉄住金鹿島でプレーされていて、練習試合をしたときにそのことを聞いたことがあるんですけど「全然、覚えていない」って(笑)。でも、本当にありがたかったです。このまま終われない。この人を見返してやる。一気にとはいきませんでしたけど、少しずつ気持ちが変わっていったと思います。


プロ野球ドラフト会議2014特設サイト
 

このページのトップへ


【次のページ】 日本大学 戸根 千明選手(石見智翠館高出身) 【前編】(3)


プロフィール

戸根 千明
戸根 千明(とね・ちあき)
【関連記事】
第6回 【ドラフト総括】読売ジャイアンツ編【プロ12球団ドラフト分析2014】
第3回 日本大学 戸根 千明選手(石見智翠館高出身)【後編】 【2014年インタビュー】
戸根 千明(石見智翠館) 【選手名鑑】
日大一 【高校別データ】
日大高 【高校別データ】
日大三 【高校別データ】
日大二 【高校別データ】
日大藤沢 【高校別データ】
日大豊山 【高校別データ】
日大山形 【高校別データ】

インタビュー