第9回 サウス ディオーネ 宮原 臣佳 選手2013年12月04日

印刷する このエントリーをはてなブックマークに追加   

エースで4番を背負って

――今シーズン、技術的に変えたことはありますか?

宮原 技術的にはフォームを変えましたし、セットの位置が低かったのを顔の位置ぐらいに上げて、角度も変えました。これで始動が変わったので、全体も変わりました。あとは、右ひざを曲げずに、伸びた状態のままで体重移動するように心がけました。それは去年のオフに阪神タイガースの加藤(康介)投手と合同トレーニングをしたときに教わりました。

――神村学園時代、あるいは2006年の第2回ワールドカップのときの宮原さんは、投球の際に軸足となる右足が大きく沈み込むフォームが印象的でした。あのフォームは理想的ではなかったのですか?

宮原 肩もひじも痛くなかったあの頃は、あのフォームでもよかったんだと思います。でも一緒にトレーニングをした男子プロ野球選手の方たちからは「投球の際にそんなに右ひざが汚れる投手はいない」と言われました。詳しく聞くと、「右ひざが折れることで力が逃げてしまう」ということでした。だから、ボールに力をそのまま伝えるために、右ひざを曲げないように意識するようになりました。

――では、セットの位置を変えたことで、どういう効果があったのですか?

宮原 まず、クイックも速くなったし、相手バッターからしたらボールの握りがわかりづらくなったと思います。胸の位置でセットするよりも、顔の位置まで上げた方が、ボールの握り替えがわかりづらいようです。最初の頃はすごく違和感があったんですけど、キャッチャーの(川畑)亜沙美さんから「また速くなったね、ボールが重くなってるよ」と言われたので、そういう声を聞くと、「成長できているんだな」と実感できました。

――個人的には成長を実感できる1年となったわけですね。

宮原 今年は自分自身も大きく成長できた1年でしたね。ただチームとしては「きちんと伝えきれなかった」という後悔が残るシーズンでした。「もうちょっと厳しく言えばよかったな」という思いはあります。チームの中ではピッチャー陣を引っ張る存在だし、打撃では4番を任されることが多く、きちんと結果を求められる存在なので、その点はまだまだでした。

――「エースで4番」を一人で背負うことにプレッシャーはありませんでしたか?

宮原 やっぱりプレッシャーはありました。今まで経験したことのない位置に立つことで、あたふたした部分もありました。でも、試合に入り込むとそういうことは忘れて、「勝ちたい」という思いが強くなりました。そのうち、どういう結果になっても、「すべては自分の責任だ」と覚悟を決められるようになりました。たとえエラーされても、「そこに打たせた自分が悪い」と考えられるようになりました。

――スムーズにそう思えるようになるものですか?

宮原 いいえ、最初は全然ダメでした。たとえば「あそこでダブルプレーをとってくれたら点数が入らなかったのに……」とか、思ってしまうことも正直ありました。でも、川口監督に「思えはまだそんなことを考えているのか? お前のレベルはまだその程度なのか?」と何度も言われて、少しずつ考え方が変わっていきました。特に印象に残っているのは「信頼はするけれども、信用はするな」という言葉でした。その言葉を聞いて、「なるほどな」と自分で納得できるようになりました。たとえ、フライに打ち取っても、風でどうなるかわからないし、何が起こるかわからないし。

――ファインプレーをしてくれたらラッキーだし、たとえエラーでも落ち込まない。つまり、マウンド上で一喜一憂しないということですね。

宮原 そうですね。マウンドに上がったら、いちいち感情に左右されないように心がけるようになりました。監督の言葉でそういうことに気づけましたね。今ではエラーがあっても、「次、抑えればいいでしょ」と思えるようになっています。

このページのトップへ


【次のページ】 サウス ディオーネ 宮原 臣佳 選手(4)


プロフィール

宮原 臣佳(みやはら・みか)

宮原 臣佳(みやはら・みか)
  • 所属:神村学園(女子硬式) - 倉敷ピーチジャックスレディース(女子硬式) - ドリームス('11・'12)
  • 出身地:奈良県
  • ポジション:投手
  • タイプ:右投右打
  • 身長:169センチ
  • 上記データは掲載時のものとなります。
【関連記事】
第3回 サウス ディオーネ 厚ヶ瀬美姫選手 【2013年インタビュー】
橋本 【高校別データ】
橋本 【高校別データ】

インタビュー

  • East Astraia
  • South Dione
  • NORTH REIA
  • West Flora